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8:花に秘めた蜜
墓参りから帰って、そのまま長谷川家に泊まらせてもらった日の深夜。どうしても眠れない俺は、真っ暗な廊下に出て、ドキリとした。
光を帯びてくっきりと笑う満月。その下では今夜もか弱い花が揺れている。不思議な形をした、あのたおやかな桃色。夾竹桃。
縁側に腰かけて、一途にそれを眺めている人がいた。
「朋紀さん……」
「……春樹君?」
俺がいきなり声をかけても、朋紀さんは少しも動じず顔を上げた。
「どうした? 眠れないのか?」
「は、はい。その……落ち着かなくて」
「そうか……まあ、そういうものなのかもな」
朋紀さんは、視線をまた庭の方に戻す。ぶれない、あまりにも優しい眼差し。
音を立てないよう、少しだけ距離を空けて、俺も縁側に腰かけた。
小夜風を浴びて、ふわふわと闇に揺れる花。
初めてこの花を見たのはもう半年以上前だ。つい、この間のことのよう。
「何も心配することはない」
「へ?」
「大丈夫。萌香と春樹君ならきっと上手くいく。式も、その後の生活も」
「あ……ああ、はい。ありがとうございます……」
気を遣ってくれた。気付くのに数秒かかって、俺は咄嗟に深く頷く。
来週末に控えた結婚式。今か今かと待ち詫びている特別な日。
朋紀さんには、本番を前にした新郎が不安を抱えているように見えるんだろう。俺が落ち着かないのは、正直なところそのせいでは全くない。
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