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視線が自然と朋紀さんの左手に落ちる。縛られるもののない、長い指。
冷静な瞳が、また俺を映す。
「何か言いたそうだな」
「あ、その……あの、あの夾竹桃、萌香のお母さんが植えたんですよね?」
「ああ」
「萌香のお母さんって……どんな人だったんですか?」
「……よく微笑う人だったよ」
切なそうに庭を眺める朋紀さんは、膝の上で手を組み直した。心もとない様子で。
「花みたいに微笑いながら、毒より深く染みついてくる……酷い女だ」
よく微笑う、酷い人。その人を、俺はたった一度だけ見たことがある。朋紀さんのスマホの中で。
月の光を浴びる花達が、柔らかい風に撫でられ、大袈裟に踊る。
あれはその人が植えたもの。朋紀さんが萌香を可愛がってきたのも、桃が好きな理由も、全部その人に繋がってる。萌香が朋紀さんに不思議な隠し事をしている理由も。
初めてここへ挨拶に訪れた日の前日、俺は彼女から頼まれた。自分も桃が大好物だということを、朋紀さんには隠しておいてほしいと。
『あたしも好きって知ったら、きっと自分は我慢して譲ってくれちゃうから。子どもの頃からいっぱい面倒かけてきたから、せめて好物くらいは遠慮してほしくないんだ。桃は、トモ兄が一番好きなものだから』
あの優しい口止めは、そういう意味だったんだ。
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