8:花に秘めた蜜

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 ふと記憶が巻き戻る。萌香と付き合う前のところまで。  まだ同僚という関係でしかなかった頃。初めて入ったカフェで彼女と遭遇した、あの日の帰り道。  話の内容まで覚えているのは幸せ心地だった俺の方だけで、彼女はとっくに忘れているだろうけど。 『遺伝かも。あたしのお父さんも桃が一番好きなんだけどね』  何気ない一日の、何気ない会話。  あの時の言葉を、今日耳にしたばかりの話と結びつけるのは強引かもしれない。でも、どうすればそれを否定できるのか、わからない。 『トモ君、桃ちゃんともとっても仲良しだったのよ』  気のいい声が、鮮やかに再生されていく。葉と葉が暴力的に(こす)れ合う、不穏な波と重なりながら。  萌香も気付いてるのかもしれない。  ずっと、ずっと前から──── 『あの二人が赤ん坊の萌ちゃん抱えて一緒に歩いてる姿なんか、夫婦にしか見えなかったもの』  ちっぽけに見える無数の花びらが、ざわざわと、笑いさざめく。  やっぱり今夜は眠れそうにない。      
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