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ふと記憶が巻き戻る。萌香と付き合う前のところまで。
まだ同僚という関係でしかなかった頃。初めて入ったカフェで彼女と遭遇した、あの日の帰り道。
話の内容まで覚えているのは幸せ心地だった俺の方だけで、彼女はとっくに忘れているだろうけど。
『遺伝かも。あたしのお父さんも桃が一番好きなんだけどね』
何気ない一日の、何気ない会話。
あの時の言葉を、今日耳にしたばかりの話と結びつけるのは強引かもしれない。でも、どうすればそれを否定できるのか、わからない。
『トモ君、桃ちゃんともとっても仲良しだったのよ』
気のいい声が、鮮やかに再生されていく。葉と葉が暴力的に擦れ合う、不穏な波と重なりながら。
萌香も気付いてるのかもしれない。
ずっと、ずっと前から────
『あの二人が赤ん坊の萌ちゃん抱えて一緒に歩いてる姿なんか、夫婦にしか見えなかったもの』
ちっぽけに見える無数の花びらが、ざわざわと、笑いさざめく。
やっぱり今夜は眠れそうにない。
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