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ふとトイレに行きたくなった俺は、萌香に場所を訊いてから居間を出た。
縁側に踏み出すと、風に頬を撫でられる。どことなくどんよりとした、中途半端に生温い感触。
窓が網戸になっていて、そこからは庭が見渡せた。思わず足が止まる。
一面の緑を背に咲き誇る、ピンクの花。プロペラみたいにねじれた形の五枚の花びらが、好きな方向に開いて群れている。あんな形の花、見たことがない。
「キョウチクトウ」
「え……?」
深く苦い香りと共に漂う、ピリピリと鋭い視線。
鳥肌が立つのを感じた俺は、咄嗟に声のした方に顔を向ける。
長い廊下の向こう側。三人分のコーヒーとケーキを乗せた長いトレイを手に、無表情の朋紀さんが立っていた。
「夾竹桃っていうんだ。あの花。知ってる?」
「あ……そ、そうなんですか。初めて見ました。えっと……あれは、お兄さ……朋紀さんが、植えたものなんですか?」
朋紀さんは、静かに首を横に振る。
「萌香から訊いてるか? 俺と萌香の母親が違うこと」
「あ、はい……訊いてます」
「そうか。じゃあ話せるな。夾竹桃は、萌香の母さんが好きだった花。あれはあの人が植えたんだ」
不快感か、それとも懐かしさか。少しだけ上がった口角は、ほのかに感情をちらつかせながら、その正体を教えてはくれない。
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