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物置の子供
パパいたい、ぶたないで。
ママ、シャーロットをしまわないで。
ロッテは、ここにいる。
くらいところでひとりにしないで。
男はアルコール依存症の治療中だった。アルコール依存は不治の病であり、一生涯における断酒が、唯一の生きる道だった。男を支えたのは愛する妻だった。妻は夫の断酒の会とはまた違った共依存の自助グループに通い、ともに回復を目指していた。
夫婦の間には5歳になる子供がいた。名をシャーロット。シャーロットは亜麻色の髪に、はちみつ色の瞳をした愛らしい女の子で、賢かった。女の子はよく愛されていた。甘い髪の色と同じように。それは一見すると理想的な家族像であり、幸せなときが過ぎていた。
シャーロットは妻にしか似ていなかった。夫は承知していたが、ストレスが多かった仕事の終わりにどうしても飲酒欲求を抑えきれず、ウイスキーを1瓶、買って飲んだ。スリップだった。
酔って帰宅した夫を見て、妻は絶望した。夫は妻に人生の鬱憤をぶつけ、暴力を振るった。乱暴はシャーロットにも及んだ。幼い娘を守るため、妻は地下の物置に子供を閉じ込め、隠した。
男の飲酒は毎日のものとなった。起き、まず飲む。酔って暴れては疲れて眠り、起き、また飲む。仕事は早々にクビとなった。罵倒と暴力は毎日続いた。しかしその行為は、ずる賢く隠ぺいされたもので、妻が大人しく、悲鳴をあまり上げないことにつけ込まれていた。男は、もはや娘の知る父親ではなくなっていた。シャーロットは、地下の物置で、怯えながら家の中の音を聞いていた。物置はほこりだらけで、雑多な道具が乱雑に置かれ、薄暗かった。恐ろしいねずみも出た。女の子は泣いていたが、次第に無反応になっていった。
妻は陰湿な暴力に耐えかねて、DV被害女性シェルターに逃げた。シャーロットを置き去りにして。
シャーロットに飲食物を与える人間は、いなくなった。
男は妻に捨てられたと思い、かんしゃくを起こした。近隣住民は、朝から大きな物音がすること、いたはずの幼い子供を見かけなくなったことで、行政の登録機関に児童虐待の疑いを通報した。
局員はすぐに男の家を訪れた。男は泥酔していて、受け答えも怪しかった。家を調べると、物置にやせ細った子供がいた。
シャーロットは即時保護され、里親のもとに送られた。彼女には新しいパパとママの愛情が降り注がれたが、心を開くことはなかった。物言わぬ人形のように黙り込み、自発行動は見受けられなかった。里親夫婦の努力もむなしく、シャーロットは次の里親へ預けられた。精神科の治療を受けても、やはり彼女は人形のままだった。
最後の機会となった次の里親は、医者と弁護士だった。彼らは面談や仮暮らしの際、今までの里親と違いシャーロットに心を開くこと、懐くことへの圧力を加えなかった。押しつけではない感情は、かえって女の子を安心させた。彼女は顔を上げた。
「お名前を言えるかしら」
「……ロッテ」
「そう、ロッテね」
シャーロットが保護されて以来、初めての発語だった。
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