セイシロウの長い夜

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「アズキ……」  アズが悲しい顔をしているのではないかとセイシロウは心配した。  しかし、アズはむしろスッキリとした笑顔をセイシロウに向けた。 「あ、大丈夫よ。悲観しているつもりはないの。このまま本当に死ぬつもりもないし、いつか皇女として返り咲くから!」 「ああ、もちろんだ」 「だけど、そうなったらこんな冒険はもうできない」  アズの顔から笑顔が消えた。 「今だけなの。私が私という個人でいられるのは、きっと今だけ。皇女とか面倒臭い肩書に邪魔をされずに、思いのままに生きられるのは今だけなのよ。だからセイシロウ、あなたも今だけは私のことを皇女だなんて思わないで。私はただのアズよ。分かった?」 「う、うん? うん」  分かったような、分からないような。  セイシロウは首を傾ける。 「難しく考えなくていいのよ」  トン、と胸を押されて、セイシロウはベッドの上に尻餅をついた。 「何も考えずに、私と一緒にいてくれるだけで……いいの」  表面は乾いているのに内側はしっとりとしているスポンジのように、彼女の瞳は潤んでいた。  それが薬のせいなのか、彼女の本心なのか、分からない。  ただその懸命で一途な言葉が、嘘だとは思えなかった。 「アズキは……俺のことが好きなんだな」 「うん!」  私の言うことをいちいちまともに受け取らないでと言われたが、その言葉だけは真実だと思えた。  きっと言ってはいけないことがあるのだと馬鹿なセイシロウなりに避けてきたことがある。  その時、難しく考えなくていいという言葉がまた蘇り、彼の鎧を軽くした。  彼女はすでに無防備な状態でいるというのに、自分だけ鎧を着ているのは卑怯な気がしてきた。 「皇女だとか魔法が使えるとか、アズキのことを大切にする理由はたくさんあるけど──それ以前のところで、多分俺は」  彼女の手を、彼は優しく握った。 「好きなんだよな。きっと俺も……アズキのことが」
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