セイシロウの長い夜

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「大丈夫だから。アズキは何も悪いことはしてない。だからそんなこと考えなくていいんだ」  セイシロウのあたたかい言葉でアズの涙腺は崩壊した。 「本当に? 私、変なことしてない……?」 「大丈夫だって言ってんだろ。ほら、朝飯食いに行こうぜ。腹へった」  セイシロウはいつものように笑ってアズから離れた。それがあまりにもいつもと変わりない反応だったので、本当に何もなかったのだという安心材料を得たような気持ちになって、アズはようやく落ち着いた。 「心配するな。アズが薬を飲んだ一日のことは全部忘れるから。そうだ、記憶を消す魔法とかあるならかけていいぞ。その方が安心するだろ?」 「残念だけど、忘却魔法はコントロールが難しいから……」 「そっか。魔法も意外と不便だよな」  アズはセイシロウの顔をじっと見つめた。 「どうした?」 「ううん。何でもない。ありがとう」  忘却魔法はコントロールが難しいから、確実に消したいなら賢者──ヒミコに頼めばいい。  アズはそのアドバイスを与えるのをあえてやめた。  昨日の私がどんな自分だったとしても、セイシロウの記憶から消えてしまうのは嫌だ。  それはアズの切なる願いだった。  ◇ 「どうじゃった? 私の薬は。完璧じゃったろ!」 「完璧すぎて最悪だったわ!」  朝食を食べた後、四人の前に突然ヒミコは現れた。  薬を飲んでからまだ15時間ほど経過していなかったが、一滴しか飲まなかったのが功を奏して、アズはすっかり惚れ薬の呪縛から解き放たれていた。 「最悪? おかしいのう、あの薬を買っていった女子は皆大満足でリピート顧客になったものじゃが……」 「あんたが賢者?」  突然、セイシロウがキリッと引き締まった顔つきで前に出た。 「アズキを散々困らせやがって。あんたはすげえ賢者かもしれねえけど、俺は許さねえからな!」 「ほう♡」  ヒミコはにやけた笑みを浮かべて、アズをチラリと見た。 「何じゃ。最悪とか言ってたくせに、しっかりうまくいっておるではないか♡ 」  アズは真っ赤になって杖を握りしめた。 「うるさいわねっ! だ、黙っててちょうだい!」  
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