4.昼食

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4.昼食

 克巳は昼食に購買を利用することが多い。  学校の購買と侮ることなかれ。豊富な種類を誇るパンだけではなく、格安でクッキーやクレープなども売っている。卒業までに購買のメニューをコンプリートすることが、克巳の密かな目標なのだ。  そんな購買は昼休みになると行列ができている。いかにスタートダッシュが大事なのか。購買を利用する生徒は身に染みて理解していることだろう。 「で、出遅れた……」  息を切らせる克巳は、眼前に広がる長蛇の列に絶望した。  体育の授業で先生に片付けを命じられたせいで出遅れてしまったのだ。そもそも四時限目が体育の日は着替えの時間もあってロスが大きい。そのため朝にコンビニで買っておくのだが、今日はすっかり忘れていた克巳だった。 「こんな日もあるか……」  売れ残ったコッペパンを手に取り嘆息する。メニューのコンプリートに一歩近づいたと思えば悪くない、と克巳は自分に言い聞かせる。 「あっ、かっつん。やっと見つけたよー」 「篠原さん?」  渚がとててー、と小走りで近寄ってきた。女子への免疫力がまだまだ弱い克巳は自然と身構える。 「お昼まだだよね。いっしょに食べようよー」 「え」  まさかのお誘いだった。  渚はいつも教室で弁当を食べていたはずだ。人気者の彼女の席には人が集まる。それは席替えをした現在も同じで、克巳の席が陽キャ男子に占拠されることがしばしばあった。  今日も同じく渚は教室で昼食を済ませるのだろうと思っていた克巳。自分が昼を共にしようと誘われるという考えに至る方がどうかしている。 「弁当を忘れたの?」 「お弁当はちゃんと持ってきてるよー」  小さな包みを掲げてみせられる。弁当を忘れたため泣く泣く購買を利用するから、というわけではなさそうだ。 「だったらなんで? 篠原さんはいつも教室でみんなと食べていたじゃない」 「かっつんと席が近いのにさ、なかなかいっしょにお昼食べてないでしょ? せっかくだから、私はかっつんと二人でご飯食べてみたいよ」  席が近いからといって、昼食をいっしょにしなければならないという決まりはない。小学生の給食ではあるまいし、席が近いことを理由にする彼女がわからなかった。 「それとも……他に約束があった?」  それでも、上目遣いで寂しそうにする渚のことを、無下にできる克巳ではなかった。 「ううん。僕はいつも一人だから、断る理由はないよ」 「じゃあ私といっしょでいいってことだよね? やった。じゃあ早く行こうよ。早くしないと座る場所なくなっちゃうよ」 「えっ、ちょっ、し、篠原さん……っ」  渚に躊躇いなく腕を取られて、克巳は顔を赤くした。  ぐいぐい引っ張る渚は、思春期男子の繊細な心をわかっていないようだった。   ※ ※ ※  日当たりのいいベンチで、克巳と渚は二人きりで座っていた。 (あれ? そういえばなんで二人きりなんだろう? 篠原さんのことだから友達もいっしょじゃなかったのか?)  スクールカースト最上位である渚と二人きりの昼食。今さらながらその状況を目の当たりにし、克巳はひどく混乱した。 「かっつんのお昼それだけ? ていうか具がないよ?」  頭が疑問で埋め尽くされている克巳を置いて、渚は自分の弁当を開けていた。  克巳の手元にはコッペパンが三個。男子高校生にしては寂しすぎる昼飯に、渚の表情が可哀そうなものでも見るようなものになった。  渚の表情に気づかないまま、克巳は慌てて答える。 「今日は購買が混雑しててこれしか残ってなかったんだ。こういう日もあるのが購買だよね。でも全部食べれば午後の授業を乗り切れるよ」 「ダメだよかっつん。男の子なんだからいっぱい食べなきゃ。それだけじゃあ大きくなれないよ」 「僕はもうほとんど成長期終わってるから」 「それでも、食事に妥協しちゃダメだと思うの」  思った以上に、食に対して真摯な渚だった。 「そうだ。ちょっと貸して」 「え?」  渚にコッペパンを取られてしまった。さすがにコッペパンまでなくなってしまうと午後の授業がもたない。 「んしょっ。これでどうだ! うんっ。はい、かっつん。召し上がれ」  渚はコッペパンに切れ目を入れると、自分の弁当のおかずを詰め込んだ。  手渡されたコッペパンは、さっきよりも重さを増していた。ハンバーグやウインナーなど、男子が好きそうなおかず入りで食欲をそそられる。 「いや、悪いって。それに篠原さんが食べるおかずがなくなっちゃうじゃないか」 「私は小食だから大丈夫。それよりも、かっつんがお腹を空かせて倒れる方が大問題だって」  寂しい昼食であるのは認めるが、空腹すぎて倒れるわけがない。相当貧弱に見えるのだろうなと、克巳は細い体を自覚して落ち込んだ。  しかし、これは渚の好意であるのは確かだ。  渚の優しい気持ちを受け取らないというのも、それはそれで彼女に悪い気がした。それに、もうパンに挟んでるし、と克巳は自分に言い聞かせる。 「あ、ありがとう篠原さん。それじゃあ、ありがたく食べさせてもらうよ」  彼女に聞こえるように感謝を口にして、おかず入りパンを頬張った。  ハンバーグの味がコッペパンと合っていた。弁当を作ったであろう渚の母は料理上手だと断言できるほどだ。 「かっつん、美味しい?」 「お、美味しい……です」  美少女に食べているところをじっと見つめられていたら。陰キャ男子じゃなくたって照れてしまう。 「よかったぁー」  ほっと、小さく息を吐く渚。 「お弁当は私が作っているんだよねー。かっつんのお口に合って嬉しいな。微妙な顔されたらどうしようかと思っちゃった」 「え……」  つまり、渚の手作り弁当を食べた。そう言っても過言じゃなかった。  理解した時にはもう遅い。女子の手作り弁当の衝撃を受けた克巳は、頭がぽやぽやになって意識が朦朧となる。 「ほら、かっつん何固まってるの。こっちも食べて食べて。これも私の自信作なんだー」 「あ……むぐっ……」  その隙を突いてか、渚は次々と克巳の口におかずを詰め込んでいく。楽しそうにしている彼女を止める気にはなれなかった。 「卵焼きも合いそうだよね。うん、これも詰めちゃおう。ほら、かっつん食べてー」 「むぐぐ……」 「こっちはサラダ入れちゃおっか。野菜も食べて栄養バランス整えないとね。はい、かっつん口開けてー」 「むぐ……もぐもぐ……」  ……うん、やり過ぎ。  気づいた時には滅茶苦茶食べさせられていた。どれも美味しかったが、口の中がパンパンに膨らんだ克巳は、もっと味わいたかったと思った。  誰かと昼食を共にする。それは大変なこともあるのだと、克巳は知ったのであった。
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