侵入の心得

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 鍵を回すと、ガチャリと音が響いた。入手に手間取ったこの鍵がちゃんと機能したことに、ほっと胸を撫で下ろす。昼下がり、建物前の細道に人通りはない。ここは一階なので、遠くから目立つということもないだろう。それでも周囲に気を張りながら、玄関扉の取っ手をそうっと下げて、この時間帯には無人のはずのアパートへ侵入する。  後ろ手に扉を閉めて、一息吐く。狭い玄関を見渡すと、横に人影が見えてドキリとした。  四角い枠の中に、シンプルなジャケットにスラックスの男がいた。姿見に映る自分自身だと気づき、同時に息を止めていたことにも気がついて、再び大きく息を吐いた。  後ろめたいことに手を染めるときは、ありふれた服装とありふれた挙動で行うべきだ。と、ありふれた小説で読んだことがある。  服装はさておき、意識しないと挙動不審になること請け合いなので、目的のために全神経を集中させた。    靴を脱ぎ、薄暗い廊下をそろりそろりと歩いた。廊下の右手がキッチンになっており、そこに並んだ調理器具や調味料からは、普段から料理をしていることがうかがえる。  その先のドアを開けると、画質の悪いカメラ越しに見ていた部屋が、目の前に広がった。  念のためドアを閉め、ワンルームの配置に目を走らせる。  ベッドにタンスにクローゼット。壁に並んだカラーボックスは引き出しになっており、おそらく小物類が収納されているはずだ。  目線の壁にコルクボードが掛けられており、数枚の写真が飾られている。遊園地を背景にした笑顔の女の子たちや、職場らしき場所での記念写真。  画鋲で貼られたそれらのなかには、二つの笑顔が収まっている写真が多い。その下にピンク色のマジックで「良太♡美咲」と書かれた丸文字が並んでいる。「カレ♡カノ」とも。しかしもうすぐこの二人はカレカノではなくなるだろう。
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