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 一方、配達員さんを見送った僕は大学で使っている鞄からスマートフォンと財布を出してポケットに入れ、外出した。行先は近くのコンビニだ。普段は節約のために駅前のスーパーまで行くが、今日こそは贅沢をしたかった。道の途中で買い物袋を忘れたことに気付いたが、別にビニール袋ぐらい買ってもいいかと思うほど、僕は勢いづいていた。  コンビニに着くと、目についた総菜やお菓子を片っ端からかごに入れた。普段、絶対に買わない一リットルのジュースも入れた。これは豪遊だ。  会計のときは普段の買い物よりも一桁多いことにドキッとしたが、偉そうにクレジットカードで払ってやった。いつもなら、際限なく浪費してしまうから現金払いにしているが、今日だけは特別だ。  帰り道、両手に持ったビニール袋は筋トレかと思うほど重かったけれど、足は軽やかだった。  家に帰ると、僕はビニール袋の中身を広げた。部屋の狭いテーブルには全部乗り切らなかったから、一部は開封しないで椅子の上に乗せた。  そして、最後にさっき届いたクロのご飯をトレーに出した。普段は健康のために量は抑え目にしているが、今日は山盛りにして床に少しこぼした。 「ミャー」  クロはすぐにトレーに食いついた。もさもさと食べている。  僕はポケットからスマートフォンを出し、カメラを起動させた。それも普段は絶対にやらない自撮りモードだ。  実際に腕を伸ばすと、意外と映したいところが画角に収まりきらない。何度も向きや腕の角度を変えてやっとテーブルとクロと自分が見事に入るところを見つけて、シャッターを切った。  僕は写真を確認する。うん、納得、納得。  僕は早速、その写真を今日会うはずだった同級生たちに一斉送信した。 『お忙しいみなさんへ。僕は今日、予定通り同窓会を開きました。たった一人ですが、とても楽しいです。この楽しさを味わえなかったこと、後悔されていると思いますので、またお誘いしたいと思います。その際はぜひご参加ください』  写真とともにメッセージを送った。ちょっと面倒くさい人みたいだな、と思った。でも、構わない。傷付くべきは僕ではないのだから。  送信した次の瞬間、メッセージへの返信が続々と届いた。中には『ごめんね』という言葉もあった。今は謝ってほしいわけではない。ただ約束を破った自分への後悔を思い知ってほしい。僕はうるさい通知を切った。 「ミャー」  ご飯を半分ぐらい食べてご機嫌になったクロが高いのんびりした声を出しながら僕を見上げた。  僕はクロを抱き上げ、頭を撫でながら窓際に立った。鮮やかな水色からオレンジへのグラデーションが空を彩っている。 「黒猫は不吉の象徴とか言うけど、あれは嘘だな」  僕はクロを撫でつつ言った。さっきの良い配達員さんに会えたのはお前のおかげだ。僕はふと、黒猫は幸運の象徴とも言われていることと思い出した。どこの国かは忘れたけど、そういう迷信があるらしい。今後はそっちを信じよう。 「ミャー」  クロがそうでしょ、と言いたげに返事をしたと思ったが、その瞬間腕からするりと抜けてしまった。猫は本当に気まぐれだ。
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