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6 確かに顔見知りではある
手洗い前の薄暗い通路で暫し見つめあう俺と見知らぬ男。何故か、胸がザワついた。
「……どなた?」
驚いてうっかり見つめ合っちゃったけたど、いやコイツマジ誰だよ。でもそんな言葉遣いしたらせっかくのガワが無駄になるから、辛うじて丁寧な言葉で質問する事に成功。
だけど俺の質問に、男は眉を顰めた。何故。
「……アンタ、フユさん?」
「え…はい、風悠ですけど…。あの、痛い…。」
男は力加減を知らないのか、掴まれた腕が痛い。
あれ…もしかして会った事あるのか?と記憶を手繰るけど、……いやねーよ。いねーよ。こんな目立つα、会ったら覚えてない方が異常だろ。絶対知らん。
俺の戸惑いが伝わったのか、ハッとしたように腕を掴む手の力を緩めた。でも離してはくれないらしい。
「ごめん。」
「あの、出来れば離して…。」
何とか解放交渉を試みてみる俺に、男はずい、と顔を近づけて言った。
「あの席には戻らない方が良い。」
「え?」
「アイツらは常習だ。盛られてヤられますよ。」
「…えっ…?」
ゾッ、と背中に悪寒が走った。アイツら?アイツら、って…。
「アイツらは何時も3人でツルんでる。誰か1人が引っ掛けて、酔わせてどっかに連れ込んで3人で輪姦すって話。そんで金握らせて黙らせるので裏では悪評高い連中。」
「……。」
女性やΩをターゲットに性犯罪を犯す、そんな連中が世の中に居るのは知ってた。Ωだから人一倍気をつけてたつもりだった。でも実際に自分がターゲットにされてるんだとわかったら、鳥肌が止まらない。
少し、震えが来た。
「はぁ…アンタってほんと…。」
目の前の男は溜息を吐いて、俺の腕を掴んだまま歩き出した。
「ちょ、何処へ…。」
あんな話を聞いてブルっといて何だけど、そもそもあの話もマジなのか?それにこの男だってアイツらと同じように知らない人間だ。さっきの話がコイツ自身の話だったらどうする?それにコイツは俺を何処に連れていくつもりなんだ、と抵抗したけど、男の力は強かった。俺は見知らぬ男に手を引かれたまま出入り口を出た。
店の料金…は、まだ発生してなかったんだっけ…。
バーを出て、抵抗する間も無く歩かされ、そろそろ危機感を感じ始めた辺りでやっと男が立ち止まり、振り返った。
真正面から見るその姿に、息を飲む。下手したら9等身くらいありそうに顔が小さくて身長が高くて足が長い。190超えてんじゃねーのか。
薄暗いとこで見ても超絶整った顔だと思ったけど、コンビニや飲み屋の看板やらで明るい場所で見ると、それが更によく見えた。さっきの茶髪とは比較にならないくらい、顔が良い。切れ上がった眦、高い鼻、薄くて形の良い唇、烏の濡れ羽色の髪。黒曜石の瞳ってこういうのを言うんだな、って納得するくらい真っ黒なのに、ネオンの光を取り込んで輝く両眼。それに、嗅いだ事がないくらい、良い匂い…。
絶対知らない相手だけど、この男がかなり高位ランクのαだって事はΩの本能でわかる。
一瞬、匂いに酔ってふらっと目眩がした。
「……アンタ、あんな店に行くような人じゃねーだろ。」
真っ直ぐに見据えられながら低い声で言われて、尾骶骨のとこがゾクゾクした。別に変な事言われてなんかないけど、この男、声も良過ぎる。でもどっかで覚えのある気もしなくもなかった。
「つか、ごめんなさい。僕ホントにアナタの事、わからないです。」
何とか清純風味を継続してそう言ったら、目を丸くされた。
「いや、フユさんでしょ?ウチの店の常連さんの…。え、こんな感じでしたっけ?」
「ウチの店…?」
ウチの店、って何処の店?こんな男がいる店って事なら…まさかホストクラブ?いやいやいや俺そんな店行った事ねえし。じゃあ、どんな店だろう、と男をじっと見た。
何故か目を逸らされる。……微妙なショック…。
「ウチの店って、何処…?」
そう聞くと、男は無言で胸元のポケットから眼鏡を出して掛け、髪を両手でオールバックに上げた。
「……ああっ!!!厨房くん!!!」
「…嘘でしょ…。変なあだ名つけないでくれますか。」
超絶イケメンの正体は、マスターの店の厨房スタッフさん。料理を台に置いたりマスターに渡しては直ぐに引っ込む筋肉質の長い腕は見慣れてるけど、顔は暖簾の隙間から翳っているのが見えるだけ。声だってボソボソ喋ってたからちゃんと聞き取れた事無かったし、しかもバンダナで髪を上げて、何時も眼鏡なのでマジで素顔なんかわからない謎の生物…だと思っていた。
こ、こんな顔してたのかよ~~?!!?漫画か?!
2次元じゃん!!と自分にエアツッコミを入れてしまう俺。詐欺じゃん…。
呆然としている俺に、厨房くん(暫定)が言う。
「こないだクズと別れて暫くは大人しくしてくれてるだろうと思ってたのに…何してんですか、マジで。」
「…いや…へ?なんで…。」
あっ、聞いてたの?俺とマスターの話?!
俺の恥ずかしい話、厨房迄聞こえてたの??
顔に熱が集まる。今絶対顔真っ赤。
羞恥に両手で顔を覆った俺を、厨房さんはすいっと抱き上げた。金曜夜に衆人環視!!
そんで抱き上げられたまま固まる俺を、路地を入ったとこのラブホに連れ込んだ。何このスムーズ過ぎる流れ…。や、ヤられる…!!
しかし。
「八重樫 夏衣、東総大四年、先月22歳になりたてのαです。bar Limeで厨房バイトしてます。」
「あ、どうも…宮川風悠、21歳。現在コールセンター勤務です…。」
検索画像でしか見た事が無かったラブホのでっかいベッドの上にそっと乗せられて、直立不動で自己紹介をされたから、何となく俺もつられて正座に正して自己紹介を返した。
ヤエガシ カイ、か。カイってどんな字書くんだろ?と呑気に考えてたら、ベッドに片膝を乗り上げて迫ってきたヤエガシ君。
「これで超顔見知りだとわかりましたよね。」
「いや、まあ…?」
店で話した事無いけど…まあよく見てるって言えば、見てるけど…。だから何?って話なんだけど…?
困惑していると、一気に距離が詰められてギシッとベッドが鳴った。
「ホントは卒業迄時間欲しかったんですけど…。風悠さん、アンタ、野放しにしとくとちょっと変な動きしそうなんで…もう枷、つけさせてもらいますね。」
言ってる事がわからなくて理解が追いつかない。
「枷、って、何?」
「抱いて良いですよね?番、探してんでしょ?俺の番になって俺の子供、産みません?」
「つがい…。」
コイツはずっと何を言ってるんだろうか。
正座してた状態のまま後ろに押し倒されて、視界がヤエガシで埋まる。
綺麗な顔だけど…だけど…
「ちょっと早くなっちゃいましたけど、俺の子、腹に入れといて貰えますか。
大丈夫、生まれる頃には卒業して社会人なんで。」
ひょっ、と喉が鳴る。
まさか、コイツ…。
「ご心配なく。俺、高位αで、ヒート誘発くらい朝飯前なんで。」
「ひっ…!」
今度はホントに口から悲鳴が出た。
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