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4 ぬるいコーヒーに人生を思う
「ありがとうございました、よろしくお願いします。」
通話が切れたのを確認してヘッドセットを外す。頭と耳に開放感。あー…。
コールセンターといっても、俺の場合はアウトバウンドと呼ばれる方。要するに営業さんが商品説明に行く為の営業先のアポイントを取ったり、購入してくれたお客さんに商品の使用感のお伺いを立てたりのアフターフォローや、時にアンケート取ったりっつー業務。最初の頃は少しテンパったけど、もうこの仕事に就いて半年だし、商品説明の為に覚えなきゃいけない事はそれなりに頭に入って、何とかやれてる。
俺はどうやら要領が良いのか、アポ獲得率がそこそこ高いみたい。まあ…アポイント取る自体、結構大変なんだけどな。客の当たりは良いのかもしれない。
この運がプライベートにも回んねーかなー、とか考えながらロッカー室で帰り支度をしようとしてたら、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、そこには浮かない顔をした友人が。
西谷 余(にしや あまり)、旧姓仁藤 余は、同じ時期に入った同期で、同じΩ。そんで、既婚。パッと見Ωって感じはしないんだけど、よく見ると地味に整った顔立ちをしてて、多分こういうの好きな男って多いよなあって雰囲気の男だ。んで実は、中学の頃の同級生、同じようにちょっとヤンチャしてた仲間。余の家は親が毒親で家庭環境から逃避するようにグレてた奴だ。つーか、本人も言ってたけど、余、ってな。適当感がひでえ。それだけでも毒親っぷりが知れるわ。そんな訳で、大人しそうな顔に似合わず中学時代の余は赤い髪をしてキレッキレだった。
でもコールセンターで再会した時にはすっかり落ち着いてて、どうやら高校で出会ったαと大恋愛して番になったらしかった。
旦那になったαはめちゃくちゃαって感じのイケメンらしいが余にベタ惚れで、出会ってこれ迄浮気を疑った事すらないらしい。
今んとこ、この余の旦那が唯一マシなαだな。ちょっと強面だけど。
そんな西谷は午後からのパート勤務なんで、仲は良くても帰りくらいしかちゃんと話せる機会は無い。だから声を掛けてきたのは普通っちゃ普通の事なんだけど…何でそんな顔してんの?いや、元々そんなにテンション高い奴では無いけどさ。
「……どした、余。」
「ちょっと良いか。」
「おう…。」
俺と余は連れ立って会社を出て、駅前のカフェ迄歩いた。その間、無言の余がちょっと怖かったんだけど…。
「ごめん、風悠。」
「え、何?」
コーヒー持って向かい合って席に座ったら、余が突然頭を下げてきた。困惑する俺。
「原田さんと別れたんだろ?」
「えっ、何でもう知ってんの?」
「原田さんから遼一に連絡が来たんだよ。」
「ああ…。」
原田はあのクソ路の姓で、遼一は西谷 遼一、つまり余の旦那だ。実は路君とは余の旦那の遼一君経由で知り合った。2人は地元が同じで、同じ高校に通ってた友人同士だった。遼一さんはこっちの大学に進学してそのまま就職、クソ路君は就職でこっちに来て、2人は再会。それから再び友達付き合いが始まったって聞いてる。
「遼一も、まさか原田さんに恋人が居たとは知らなかったらしい。婚約者らしいんだけど、原田さんがこっちに来てからずっと遠恋みたいでさ。」
「あー、道理で…。」
「普通はマーキング臭がつくから、番になってなくても大体パートナーの有無はわかるもんなあ。」
「まったく無かったから疑いもしなかったわ。」
なら、あの美人が凸してきたのは、あの日たまたまって事なのか?それとも、前々から疑ってて?
知らずにたまたまならショックだよなあ、と同情する。まるであの時の俺みたいだ。
「それで、どうせバレると思ったのか、原田さんが昨日、遼一に電話して来てさ。事の顛末を聞いて…。」
「そっか…。」
「遼一、その電話の後直ぐ出かけてって、原田さんをボコってきてさ。コレ、証拠画像。」
余が見せてきたスマホには、顔面が腫れ上がって、イケメン振りがなりを顰めてしまった路君が正座させられている姿が。
「ブフッwww」
「マジでごめん。こんなもんじゃ気は済まないだろうけど。」
スマホを突き出したまま、済まなそうにしている余。
旦那経由で紹介した相手だって事で責任を感じてくれているらしい。でも、学生時代に親しかった友人が大人になって屑になってたからって、そんなのわかんないよな。
「いや、仕方ないよ。付き合っても見抜けなかった俺が悪い。」
俺はそう言って首を振る。紹介されて、条件を見て、人柄がわからないままに交際を決めたのも、付き合ってる間の幾つもの違和感に気づきながらも継続したのは俺自身だ。
「原田さんと婚約者の人は、風悠に謝罪したいって言ってたみたいなんだけど、どうする?」
「えっ?」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったから驚いた。謝罪ねえ…。
「……いや、もう会いたくねえわ。」
「だよな。」
俺が断ると、余が頷いた。
「大体、婚約者迄来て謝罪って、悪くねえ婚約者さんに頭下げられる義理ねえし。」
まあ、良いように言ってるけど実の所は、そんな風に頭を下げられても、2人の間には絆があるんです~、みたいに見せつけられて惨めさを感じるだけじゃんってのが本音だ。もっとうがった見方をするなら、頭を下げる事で婚約者も俺に対する優越感を感じるっつープレイなんじゃねーの、って思っちゃうんだよな。ウチのがすいません、って所有権を主張してる、みたいな。そういう特殊プレイの小道具にされるのは真っ平だなって。
ま、そんな捻れた考え方をする俺は相当性格が悪いんだろうな。
「わかった。断るように言っとく。」
そう言ってからもう一度謝ってくれた余に、もう良いからと言ってその話はもう二度としないように頼んだ。
「犬に噛まれたと思って忘れるわ。」
「それが良い。風悠ならきっと、もっと良い奴と出会いがある。」
余は真剣な顔でそう言ってくれたけど、俺には曖昧に笑う事しかできない。
地球上の何処にも、俺が信じられるαなんか、存在しないような気がする。
俺はぬるくなったコーヒーを飲んで、砂糖を入れ忘れていた事を思い出し、苦さに舌打ちをした。
俺の人生と同じだ。苦いばっかり。
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