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肘をついて指を組み、そこに顎を載せて龍司は物思いに耽(ふけ)っている。視線は目の前の壁に向いているが遥か遠くを見ている。きっとサトシとの思い出を噛み締めているのだろう。
「……龍司さんにとって、サトシは大切な存在だったんですね」
ぎこちなく頬を持ち上げてどうにか笑顔を作り、拓海は龍司をいたわった。目の前の拓海の存在すら軽く忘却の彼方へ行っていたのか、龍司はハッと弾かれたように拓海を見る。困惑気味の表情は、きっと素だ。
「悪い。今日はあんたを指名したのにな。せめて、うまいもんでも食って行ってくれ」
拓海は肩を竦め、遠慮なくサーブされたパイ包みを頬張る。
「うん。確かにおいしい。これ、パイ皮も手作りでしょ? 香りが違うもん」
「へえ……。舌が肥えてるんだな。食べるの好きか」
「まぁね。それより龍司さん、うちの店ではサトシが担当だったの? 替わりと言っては何だけど、今後は僕を指名してくれたら嬉しいな」
小首を傾げ、軽く口を尖らせて営業用の小悪魔的な笑顔を浮かべると、龍司は苦笑した。
「あんた、俺の素性分かってないのか? 俺は堅気じゃないんだぞ。怖くねぇのか」
「うーん……。僕に今分かるのは、龍司さんはサトシのことを何年も思い続けてた一途な人ってことだけかな。彼、辞める時、ちゃんとお得意様には自分で連絡してたから。連絡が付かなかったってことは、龍司さん、暫くシャバにいなかったってことでしょう?」
龍司は呆れたように拓海をたしなめる。
「シャバだなんて……。そんなヤクザな言い方、堅気の若い子が口にするもんじゃない。じゃあ、今日は一晩買ったんだ。今後も指名するかどうか、お手並み拝見してから考えよう」
おもむろにグラスを口に運んだ龍司の瞳が光る。そこには雄の野性味が滲んでいて、拓海は腹の奥が疼き始めるのを感じた。テーブルの下で行儀悪く靴を脱ぎ、爪先で彼の脚を撫でる。蓮っ葉な態度に軽く驚いた龍司の口元がごく僅かに歪み、ごくりと生唾を飲み込むのが見えた。
「……デザートは食べるか?」
龍司が発した声は、甘怠く重たい欲情を色濃く纏っていた。
「もちろん」
先ほどのアグレッシブな性的アピールを窺わせない、無邪気そうな笑顔を浮かべて拓海は微笑みかける。
レストランを出るや否や、先ほどの車が現れる。
「龍司さん、お送りで良いスか?」
「うん。頼む」
言葉少なに運転手と会話し、ビジネスホテルに連れて行かれた。拓海は意外そうな顔をしていたのか、龍司が言い訳のようにぼそぼそ呟く。
「ラブホテルは嫌いなんだ。どこにカメラ付いてるか分かんないし、防犯がいい加減だから」
龍司はどんな風に抱き合うのが好きなのだろう。新しくできた彼氏と初めての夜を迎えるような高揚感が拓海を包む。何となくスマホを弄りながら、彼が出てくるのを待つ。だが、シャワーを浴びて腰にバスタオル一枚の姿で出てきた龍司の姿を見て、拓海は息を呑む。
その背中や二の腕には、期待以上の筋肉が盛り上がっている。それに対し、腰や腹は引き締まっていて、腹筋は美しく割れている。それは全く問題ではない。むしろ拓海の好みのタイプど真ん中だ。
拓海を驚かせたのは、龍司の背中や二の腕に入っていた見事な刺青だ。
「彫り物に引いてるとこ見ると、あんた、ヤクザの客は初めてか」
龍の文様は彼の名前にぴったりだと感心したが、肩の筋肉が動くたびに蠢いているのが恐ろしい。拓海はベッドの上で後ずさりしていたようだ。苦笑する龍司に問われ、おずおずと無言で頷いた。龍司は、その恐ろしげな背中の龍とは裏腹の優しい手つきで拓海の指先を掴み、温かい唇に押し当てる。
「怖いならやめとこう、って言ってやりたいとこだけど。シャバに出てきたのに、馴染みのホストは他の男のモンになっちゃって、俺は人肌恋しいんだ。悪いけど今晩だけは付き合ってくれないか? 乱暴なことはしないし、ヤクザが嫌なら二度と指名しない。約束するから」
(あっ……、また、あの目の色だ)
ただのホストでしかない拓海に、龍司は懇願する。彼の瞳には、最初に車の中で見た昏い孤独の色と、微かだが拒絶を恐れる心細さが浮かんでいる。
相手はヤクザだ。ごめんなさいと言って立ち去ることもできる。だが、拓海はどうしても龍司を振りほどくことはできなかった。
「……準備したいので、シャワー浴びてきて良いですか?」
逃げないから指を放してほしい。そう頼むと、龍司はホッとした表情を浮かべ、快く拓海の手を離した。
恐ろしげな刺青や猛々しい筋肉とは裏腹に、龍司の抱擁は優しかった。恋人を甘やかすように、ゆっくりと身体の隅々まで口づけられ、拓海はもどかしくて目を潤ませ喘ぎながら身を捩る。
「拓海、可愛いな」
そんな甘い囁きを耳に吹き込まれ、更に泣きそうになってしまう。
※続きは同人誌『孤独な龍は月に焦がれる』にてお楽しみください!
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