誕生日の告白。

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誕生日の告白。

川瀬由貴は、 日頃から多くの取り巻きに囲まれている、 人気者だ。 いつも笑い声が絶えないその取り巻きに 入りたい人は多く、 川瀬に近づきたいと思う人は 僕だけではなかった。 僕は岸野葵、川瀬と同じT大の1年生だ。 子供の頃から勉強だけは 自分を裏切らないと頑張ってきた結果、 最難関のこの大学に入れたのだが、 それまでロクに友達も作らず、 もちろん恋人もなく、ずっと1人だった。 今まで寂しいとは思ったことはなかったが、 川瀬に出逢って初めて選ばれたいと思った。 人気者だから近づきたいという邪な気持ち からではなく、心が川瀬を求めていた。 それでもどうしたら 川瀬に気づいてもらえるのかわからずに、 同じ天文サークルに入り、 なるべく同じ講義を受けた。 少しでも川瀬の視界に入れたらと思い、 自分が考えられることをした。 一言でもいい、川瀬と話したかった。 そんな僕の思いが通じたのか、 6月のある日、川瀬と接点ができた。 「岸野くん」 6月19日は、僕の19歳の誕生日だった。 今日最後の講義が終わったばかりの教室で、 天文サークルで一緒の同級生、 佐橋雄大が声をかけてきた。 佐橋とはたまに会話していたから、 僕は違和感なく応対する。 「何?」 「岸野くん、今日誕生日でしょ? この後、何か予定ある?」 「本屋のバイトもないし、まあ暇かな」 「そっかー、じゃあさ。誕パしようぜ?」 「えっ、佐橋くんと?」 意外な提案に驚いて、声が大きくなった。 佐橋は川瀬の取り巻きのひとりで、 中学からの親友だと佐橋から聞いていた。 佐橋は明るく奔放な性格で、 とにかく顔が広いことで有名だった。 川瀬の話が聞けたら嬉しいなあと思い、 「いいよ。どこに行く?」 と快く返事をした。 すると、佐橋は教室の隅に目をやり、 「彼も一緒だけど、いいかな?」 と言った。 「えっ」 佐橋の視線の先にいたのは、川瀬。 微笑みながら、僕に手を振っている! 「か、川瀬くん」 たぶんその瞬間、僕は赤面していたと思う。 佐橋が微笑み、僕の耳元で囁いた。 「岸野くん、川瀬のこと好きなんでしょ? 今日で仲良くなれたらいいね」 「さ、佐橋くんっ」 焦る僕と微笑む佐橋のやり取りを見ていた 川瀬が、近づいてきた。 「岸野くん。誕生日おめでとう。 僕の家で誕パしよう」 「川瀬くんの家で?本当に?」 初めて川瀬と会話できただけじゃなく、 これから川瀬の家まで行けるとは。 神様がくれた、すごい誕プレだと思った。 「うん。佐橋と3人で。じゃあ行こうか」 こんなに近くで川瀬の笑顔を見られて、 僕は何て幸せな奴なんだろう。 先日、佐橋に誕生日を聞かれた時に、 素直に答えておいて良かったと思った。 梅雨の時期らしく 1日霧雨の降る、スッキリしない天気。 テンションが上がらなかったこの日が、 彼らの提案で鮮やかな色味を帯びた。 「乾杯」 ここは、川瀬のひとり暮らしの部屋。 3人でジュースで乾杯した。 「お祝いしてくれてありがとう」 「友達の誕生日を祝うのが、恒例でね。 先週も誕パしたんだよ。ね。川瀬」 「うん。佐橋から岸野くんの誕生日を聞いて、これは是非って思って声をかけたんだ」 「本当に嬉しい。ありがとう! それにしても川瀬くん、人気者だよね。 友達多いし」 ケーキを一口食べながらそう言った僕に、 佐橋が答えた。 「人気者というか、うるさい外野から守る ために僕たちがいる感じなんだよね」 「うるさい外野?何、それ」 「川瀬の周りって、男ばかりでしょ?」 「そう言われればそうだね」 「実は川瀬、女の子苦手なんだよ。 これだけイケメンでモテる奴なのに」 「ええ?そうなんだ。でも嫌いじゃない んでしょ」 「いや。そもそも恋愛対象は男性だし。 女は母親で充分」 「か、川瀬くん?!」 予想を遥か上を行く川瀬の発言を聞いて、 ジュースを吹き出しかけた。 「岸野くんは、女の子好き?」 「だ、誰とも付き合ったことないから、 わからない‥‥」 「ちなみに佐橋は今、彼女がいて、 僕は高校卒業まで年上の彼氏がいたよ」 「へえ彼氏かあ」 どこまで進展していた彼氏なんだろう。 川瀬の過去を知る佐橋に目をやると、 佐橋はすぐに僕の意図することに気づき、 「岸野くん、気になる?川瀬が童貞か否か」 と笑った。 「あ、うん」 思わず頷いた僕に、 川瀬は僕をまっすぐ見つめながら言った。 「僕が経験済でも、岸野くんは気にしない?」 「気にしないというか、過去の話でしょ。 え?僕、変なこと言ってるかな」 僕の返事の途中で、 川瀬と佐橋が笑い出したから焦ってしまう。 「いや。こちらこそ変な話してごめんね」 川瀬に謝られて、僕も笑った。 「そもそも、何でこんな話に」 「取り巻きに、男しかいないって話から」 「ああ、そうだったね」 「岸野くんと初めて話したけど、やっぱり 思った通りの人だった」 「川瀬くん、それって?」 川瀬の優しい微笑みに、ドキドキした。 「ちょっとトイレ」 佐橋が立ち上がり、部屋を出て行った。 それを見送ってから 「すごくかわいい。岸野くんのことを ずっと見てた。僕と付き合ってくれない?」 と川瀬は言った。 トイレに立った佐橋が、 予定があると言って慌ただしく帰り、 川瀬と2人きりになった。 川瀬の突然の告白に、僕は呆然としていた。 まさに、寝耳に水の出来事。 川瀬が、僕の初めての恋の相手に?! もはや、何も考えられなくなった。 黙ったままの僕に、 川瀬は楽しそうに声を立てて笑った。 「岸野くん、困ってる」 「ち、違う」 「返事はゆっくりしてくれればいいよ。 それとも、もう結論は出てる?」 「う、うん」 姿勢を正し、川瀬をまっすぐ見つめた。 「僕でいいの?本当に」 「うん。岸野くんがいい」 川瀬に即答され、腹が決まった。 「僕も、ずっと川瀬くんが好きだった」 「本当に?!」 川瀬に手を握られ、強く握り返した。 そして見つめ合った僕と川瀬は、 どちらかともなく、顔を寄せた。 早くキスを。 薄く唇を開いた僕を見て、 川瀬が何かを囁いてきたが、 聞き取ることはできなかった。 目を閉じ、川瀬の腕に手を添えながら、 川瀬の唇を受け入れた。
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