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くんっと服の裾を引っ張られ、思わず足を止める。
「……んだよ」
振り向くと、先ほど助けた少年が瞳をキラキラさせながらこちらを見つめていて、ぎょっとなる。なんだか嫌な予感がした。
「僕はケンジ。 ……名前、貴方の名前、教えてください!」
名前を聞くまでは離さないとばかりの勢いで迫られ、理人はたじろいだ。
「……鬼塚」
「下の名前は!?」
「……理人」
「リヒトさん……素敵なお名前ですね」
「……」
「リヒトさんって強いんですね! 僕、感動しちゃいました!」
「いや、別に……大した事ねぇよ」
「ううん……すっごい鮮やかで強くって……凄くカッコ良かったです!」
「……」
頬に手を当てながら無邪気に褒めちぎってくるケンジに、なんだか居心地が悪くなる。なんというか、面映ゆい。それに、妙に落ち着かない気分になる。
「……じゃ、俺は行くから」
このままここにいたら変な空気に流されてしまいそうだったので、とりあえず理人は逃げることにした。……のだが……。
「えっ……もう行っちゃうんですか!?」
「ああ。門限があるからな」
「そんなぁ……」
しゅんとする彼を見て、胸がちりりと痛んだ。
捨てられた子犬のような目で見られたら何となく置いていき辛い。それに、倒したといっても二人が目覚め、またケンジにちょっかいを出さないとも限らない。
「……なぁ、お前、家どこだ? 送っていってやるからお前もさっさと帰れよ」
「えっ本当ですか?」
「ちょ、おい……」
ケンジは表情がクルクル変わる。嬉しさのあまり、つい抱き付いてきたので慌てて引き剥がそうとしたが、その前に我に帰ったらしくハッとして距離を取った。
「あっ……すみません! 僕ったら……助けてもらった上に迷惑かけてばっかりで……門限があるんでしたよね」
申し訳なさそうな様子で俯く彼を見ていると、何だか放っておけなくなってくる。
「はぁ……。別にそれはいい。それより家教えろ」
「いいんですか!? リヒトさんって顔怖いけど、凄く優しい人なんですね」
「喧嘩売ってんのか?」
「まさかそんな! リヒトさんは恩人だから……ただ、こうやって優しくされた事あまりなかったから」
「……別に。折角助けてやったのにあんな馬鹿どもにまた襲われたら寝覚めが悪いからな!」
「ありがとう、ございます」
何処か嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せるケンジに苦笑しつつ、手を引いて歩き出した。こうして、理人とケンジの奇妙な交流が始まったのである―――。
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