act.2 支配

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 暗い夜だった。月明かりだけが照らす薄闇の中、ふら付く足取りで理人は歩いていた。  昼休みに蓮に呼び出され、おかしな薬を盛られてから既に数時間が経過していた。周囲はすっかり暗くなってすれ違う人もまばらだ。 (くそっ、あいつ……ふざけた真似をしやがって)  あの後、蓮は何度も理人を犯した。抵抗も虚しく押さえつけられて、何回も欲望を注ぎ込まれ、やがて満足したのか蓮は理人を置いて一人で出て行った。  散々啼かされ、疲れ果てた理人は硬い床に取り残される。  去り際に縛っていたロープをはずしていったのはせめてもの情けなのかもしれないが、その行為が余計に理人を苛立たせた。  屈辱と怒りで頭がどうにかなりそうだ。 「――っ」  不意に、下腹部に鈍痛が走った。蓮に乱暴された場所が酷く痛む。  歩くのに支障は無いが、一歩踏み出すごとに鋭い痛みが走るためどうしても歩みが遅くなってしまう。  今日は部活が無くて本当に良かった。こんな状態じゃまともに練習もできないだろうから。  家に戻ったら母親に何と言おう。手首にはくっきりと縛られたときに付いたであろう痕が残ってしまっている。  あぁでも、どうせ気付くわけがないか――。まともに目も合わせてはくれないのだから。  そう思うと、足がさらに鉛のように重くなった気がした。  ふいに頬に、冷たい雫が滴った。視線を上げると、暗い空から糸のような雨が静かに注いできた。それは見る間に濃くなって、理人を包み込んでいく。  周囲を見回すと。ちょうど数メートル先に小さな公園が目に留まった。急いで中に入り大きなタコの遊具の下へと潜り込んだ。  この辺りは住宅地で街灯も少なく、殆ど人気も無い。少し先に行けばコンビニがあるが、今は誰とも会いたくなかった。雨が止むまで暫く此処で時間を潰そうと、膝を抱えて蹲る。  一体どうして、こんなことになってしまったのだろうか。今更ながらにそんな疑問が胸に沸いた。  自分が何をしたというのだ。何故、自分ばかりが辛い目に遭わなければならないのか――。  理不尽に対する怒りと悲しみと恐怖がない交ぜになった感情が込み上げてくる。  その思いが涙となって、今にも溢れてしまいそうだった。必死に堪えて、それでも堪えきれなくて、膝に目を擦り付けて嗚咽を殺す。 「――お兄さん、泣いてるの?」  突然、頭上から幼い声が聞こえてきた。驚いて顔をあげると、そこには心配そうにこちらを覗き込んでいる一人の少年の姿があった。小学校中学年くらいだろうか?  緩いふわっとした髪質が印象的な何処か大人びた表情をする子供だった。 「別に、泣いてねぇし! ただ、雨が目に入っただけだ」  見知らぬ子供に声を掛けられ、理人は慌てて顔を背ける。 「ふぅん、そうなんだ」  そう言って少年は傘をたたむと、なぜか理人の隣へとやって来てストンと腰を下ろした。  そして、そのままジッと理人の横顔を見つめてくる。  正直、今は一人きりになりたかったのだが、相手は小学生の子供だ。邪険に追い払うわけにもいかない。 「お前は何で此処に居るんだよ。塾の帰りかなんかだろ」 「……家に戻りたくないんだ」  ポツリと呟かれた言葉に思わずドキリとする。 「…………」 「お母さんとお父さん、よく喧嘩してるんだ。僕が居るときっと邪魔になるから……」  膝を抱えて蹲る小さな身体は僅かに震えているようだった。  家に居場所が無いのは自分も同じだ。ほんの一瞬だけ、幼い頃の自分と少年が重なったような気がした。  誰かに苦しい胸の内を気付いて欲しくて、だけど誰にも打ち明けることができずに苦しんでいた頃の自分を――。  気づいた時には、理人は無意識のうちに手を伸ばして目の前の小さな頭を撫でていた。
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