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 *  毎夜僕らはよじ登り、塀越しにキスをする。  とてつもない高さの塀。足を踏み外せば、まず助からない。  それでも彼女に会いたかった。彼女も僕に会いたい一心で危険を省みず、こうして上ってきてくれる。  「いつになったら終わるの?」  君が憂いの表情を浮かべる。  「もうすぐだ」  何の確信もないまま、そう君に伝える。  頭の良い君は気づいている筈だ。  この争いに終わりがないことを。  塀を越えて結ばれる日は、永遠に来ないことを。  「一緒に映画でも観に行きたいな」  「君のウエディングドレス姿は綺麗だろうね」  「子供は3人くらい欲しいな」  叶う筈のない夢を描いて、束の間の逢瀬は無情に過ぎていく。  「また会おう」  涙を滲ませ、彼女は頷く。  右手を伸ばし、抱きしめ合う。  「「元気で」」  短く交わすその言葉は、お互いへの祈りだ。  生きて、また会いたい。  愛してる。  そう思いながら、僕は漆黒の闇の中、足を踏み外さぬよう降りていく。  彼女の名残が、夜の風に舞う。    
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