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コロナの目的
(2021年10月25日)
田沼茂は、大学の学食で、熱いとんこつラーメンに息を吹きかけながらこう言った。
「『ウイルス進化説』って聞いたことあるか?」
透明ではない衝立の向こう側では、彼と同じ高校の出身である、渋木義輝が天丼を食べている。姿の見えない相手と話すのは奇妙な感じがした。電話で話すそれとはまた違う、独特の雰囲気である。
「なんだそれ? 専門外のこと聞かれても」
渋木は田沼の話を聞き流しながら、斜向こうに座っている女子学生が気になっていた。マスクを取った彼女の素顔は、彼の期待通りだろうか。
「コロナってさ、なんでこんなに世界中に広まってると思う?」
田沼の悪い癖は、相手が自分の話に明らかに興味がない場合でも、話を続けてしまうところだ。彼の父親も、亡くなった祖父もそうだった。
「さあ。考えたこともないな。それよりも聞いてくれよ。こないだ教授に向かって、『量子力学を学んだところで、実生活において何か役に立つことでもあるんですかね』ってうっかり言っちまってさ……」
渋木は渋木で、自分の話を押し通そうとする。理系の人間は、大抵こんな感じである。文系の人間と違って、空気を読めない連中が多数派を占めるのだ。
「聞いてくれよ、渋木。今度看護学科の女の子を紹介してやるから」
「お! 早く言えよ、そういうことは! どこの大学?」
「いいから、まず話を聞けよ。女の子は必ず紹介してやる。もう一度質問するけど、コロナってなんでこんなに流行ってると思う?」
「そりゃ、感染力が強いからだろ? てかお前、ワクチン打ったのか?」
「打ったよ。話聞いてるのか? 渋木お前、『ホメオスタシス』って言葉、知ってるか?」
「ああ、確か……体温とか、血圧とか……体の何かを一定に保つ仕組みみたいなもんだろ?」
「そうだよ。そのホメオスタシスなんだが、地球を……もし仮にだ、仮の話だ……大きな生物と仮定したなら、一体どうなる?」
「地球が生物? なんだよ、それ? 話が飛躍し過ぎてるぞ」
「だから、仮の話だよ。地球を生物だと仮定できるなら、俺たち人間は、地球にとってどんな存在だ?」
「んー……まあ、地球温暖化、大気汚染、海洋ゴミ問題……まだ他にもいろいろあるけど、さながら俺たち人類は、地球に蔓延る癌細胞みたいなもんか? もうすぐ人口も80億に届くし」
「その通りだよ、渋木。そこでさっきのホメオスタシスの話だ。もし俺たちの体の中から癌細胞が見つかったら、真っ先に免疫細胞が攻撃するよな?」
「『するよな?』って言われてもな……俺の専攻は量子力学だから。お前がそう言うんだったらそうなんじゃねえの?」
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