僕のすべてはキミのものです。

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僕のすべてはキミのものです。

キミの初めてを僕にください。 それまで親友だった佐橋雄大にそう言われ、 最初は雰囲気に流されたのは否めないが、 キスをする頃には 最後までしても後悔はないと思い、 自分の意志で佐橋と一線を越えた。 今は友情としての好きな気持ちに 愛情が加わり、 恋人になった佐橋とこれからもうまく やって行ける。そう思っていたんだ。 立つはずのない波風が立ったのは、 大学の中庭で、佐橋抜きの友人数人と 話していた時のこと。 そのうちのひとりが、 好きな子とはずみでセックスしてしまい、 次の一手をどう打てばいいかと言い出して、 話が盛り上がった。 「というか、よくセックスできたね」 「たまたま2人きりになってさ。 お酒も入って、いい雰囲気に飲まれた」 「普通なら、付き合いましょうっていう そこで意志確認があるんじゃない?」 「恥ずかしくて、できなかった」 「そんなもんなんだ」 「酒というのもネックだよね」 「そうなの?」 「勢いでヤッちゃいました、 でも面倒くさいのでスルーでって なりかねないじゃん」 「え、嘘。俺は本気なんだけど」 「いっそ、告白しちゃえば?好きだって」 「やっぱりそうだよね」 「さっきから、岸野くんが黙り込んでますが笑」 真剣に聞いていた矢先に、 いきなり話を振られて、苦笑いした。 「いや、みんなすごいなあって思って」 「それこそ、恋愛マスターの佐橋なら、 何て言うんだろうね」 「あいつ、ヤリチンだからな」 「そ、そうなの?」 聞き捨てならないことを聞いたと思った。 「岸野、親友だろ?あいつの武勇伝、 聞いてないの」 「き、聞いてない」 「佐橋、とにかくモテるじゃん。 ヤレる女の子はたくさんいるだろうさ。 それこそ、身体から始まる恋なんて、 経験済だろうし」 「というか、もし告白して付き合うことが できても、身体から始まる恋って長続き するの?」 ドキっとした。まさに僕と佐橋のことだ。 「俺の持論だけど。たぶん、ヤッて終わり」 「えっ!?マジか」 「告白するつもり?まあ人によるけどさ」 彼らの話は続いていたが、僕は彼らの話を 最後まで聞くことができなくなっていた。 佐橋に限ってそんなことはと思う一方で、 あれから1ヶ月経つのに、佐橋は僕を抱く こともなく、普通に友達として接している。 もう気が済んでしまったんじゃないかとも 思うようになった。 「岸野、顔真っ青だけど?」 話の当事者より反応が顕著な僕に、 周りの友人たちは心配し始めたが、 「だ、大丈夫、何でもない」 と笑って誤魔化すしかなかった。 皆と別れてひとりになったところで、 早速、佐橋にLINEした。 『授業、終わった?今、どこにいるの』 タイミングがよく、すぐ既読になり、 佐橋から返信が来た。 『ちょうど授業が終わった。まだ第7教室』 『今から、行ってもいい?』 『帰りを待ってたの?もちろんいいよ。 一緒に帰ろう』 佐橋に会う目的は、ただひとつ。 さっきの話をした上で、 佐橋に否定してもらいたいと思っていた。 大丈夫。 佐橋と僕の関係に限って、そんなこと。 「お前、何言ってんの」 数分後。 佐橋にさっきのやり取りを話すと、 佐橋は呆れたような表情で、こう続けた。 「くだらない」 「くだらないって、何」 「言い換えてもいいよ。ばかばかしい」 「佐橋が恋愛マスターなのは知ってる。 でも、この話がそんなにくだらなくて、 ばかばかしいの?」 「恋愛マスターって、誰のこと笑笑。 岸野は、誰の言葉を信用したいの」 「だって」 答えながら、佐橋が遠く感じていた。 これ以上、言ってはいけない。 喧嘩になってしまうかも知れない。 でも。 僕は佐橋に、否定して欲しかったのだ。 『僕たちは、そんなことにはならない』 って。 沈黙した僕に、佐橋は笑って言った。 「そんなこと考える暇があったら、 提出が控えてるレポートのことを優先で」 さあ、帰るよと腕を掴まれたが、 佐橋の腕を振り払い、その場を後にした。 その日の夜、佐橋からLINEが届いた。 『明日、予定通りデートですが』 『岸野くん?返事して』 『おーい』 スマホの通知だけ読んで、 未読無視を決め込んでも良かったが、 渋々、LINEの画面を開いた。 『はい』 『お。来た来た。何、まだご機嫌斜めなの』 『はい』 『あのさあ』 『はい』 『僕と岸野くんの仲って、そんなことで 壊れちゃうような脆いものだったっけ』 『知らない』 『誰に何を言われたか知らないけど、 そんなに僕を信用できないの』 『だから、知らない』 『かわいいんだかかわいくないんだか、 よくわからないけど笑笑。 とりあえず、明日10時に、駅で待ってる』 佐橋のLINEを既読にしただけで、 返事はしなかった。 僕の知らない、佐橋の過去に嫉妬していた。 中3で童貞を卒業し、僕と付き合うまで 彼女が途切れたことがない。 モテる佐橋を好きになった時に、 覚悟するべきだった。 佐橋にとっては、 僕との恋の始まりなんて、ただの通過点。 たまたま2人きりになって、 甘い言葉をかけたら見事に引っかかった。 もしそうだとしたら、どうする? 明日は、絶対に行かない。 もうこれ以上、傷つきたくなかった。 翌日、9時40分。 事前の天気予報が外れて、 朝から土砂降りの雨模様だった。 この時間に家を出ないと、 時間通りに駅には着かないとわかっていたが ベッドに腰掛けたまま、動けずにいた。 ただ、傍らのバッグを取り上げれば済む話 だったが、昨日佐橋に言われた言葉が 頭の中でぐるぐる回っていた。 『くだらない』 『言い換えてもいい。ばかばかしい』 『誰の言葉を信用したいの』 あなたの言葉を信じたいのに、 信じさせてくれないのはあなたじゃないか。 佐橋に言ってしまえれば、楽になれるのか。 それは今は、わからなかった。 10時を過ぎて、佐橋からLINEが届いた。 『岸野、どうした?』 心配しているとも、突き放しているとも 取れる文面に心が揺れる。 ベッドにうつ伏せになり見ないふりをした。 10時半。佐橋からのLINE。 『岸野。具合が悪いのか?』 そんなことを、僕は言われたいんじゃない。 10時35分。佐橋からのLINEは続く。 『岸野。心配してるよ。連絡ください』 心配?昨日、あれだけ笑い飛ばした癖に。 10時40分。佐橋からのLINE。 『岸野』 僕の名前だけ送ってきた。ネタ切れか? 案の定、佐橋からのLINEはそこで途切れた。 もう、佐橋のことで悩みたくない。 そう思いながらも、 僕はベッドから起き上がり、部屋を出た。 今更行ったところで、 佐橋は帰っているかも知れない。 それでも僕は走って、駅に向かった。 11時。 駅の改札口に佇む佐橋の姿があった。 僕は息を整えながら柱の陰に隠れて、 佐橋を見ていた。 佐橋は緊張した面持ちで、ある一点を 見据えている。 視線の先にあったのは、 僕がいつも現れる側の駅の出口。 駅を挟んで反対側にある、僕と佐橋の家。 高校で一緒になってから、 この駅で別れるのは日常茶飯事だった。 でも、今日は様相が違う。 たとえ僕が現れなくても、 きっと佐橋はずっと待っている。 僕はいつの間にか、涙ぐんでいた。 佐橋の目の前に現れる勇気が出なかった。 佐橋。意地を張ってごめん。 こんなつもりじゃなかったのに。 ただ、佐橋に言われるのが怖かった。 友人のひとりが言った『ヤッたら終わり』、 なんてことは、絶対にないよな? その時、佐橋のそばに寄ってくる、 僕たちと同世代の男性を見た。 「佐橋、久しぶり」 「お、加藤」 どうやら、佐橋の友達のようだ。 「誰かと待ち合わせ?」 そう訊かれた佐橋は、 緊張の表情をふっと和らげ、言った。 「うん。大好きな人と」 「あはは、ご馳走様。じゃあな」 男性が去り、再び佐橋がひとりになった。 僕は人目を憚らず、泣いた。 僕のことを佐橋は、大好きな人と言った。 「佐橋」 目の前に現れた僕に、佐橋が驚いている。 「岸野、何泣いて‥っ」 佐橋を抱きしめ、囁いた。 「ありがとう」 「何が」 もういつもの飄々とした佐橋だったが、 佐橋の本心に触れた僕は気にしなかった。 僕の全ては、キミのものだ。 誰に何を言われても、この恋を貫く。 そう決心していた。
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