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サンタは嘘をついた
私がサンタクロースを信じなくなったのは、小学五年生の頃だった。
その事実を知ったのは、母親の迂闊な一言だった。
「今年のクリスマスプレゼントはなにがいい?」
私のギョッとした顔を見て、母はしまったという顔をした。
「毎年…… お父さんとお母さんが贈ってくれていたの?」
私の声は震えていた。
なにかに裏切られた気持ちでいっぱいだった。
母は渋々その事実を認め「ごめんね」と言って、家事に戻って行った。
その日、父が家に帰ってきてそのことを聞いたのか、妙に優しかったのを覚えている。
「もうこれで…… お父サンタとお母サンタは卒業だなあ」
寝室に行く前に父がそうつぶやいて天井を見上げた。
どこか寂しそうな横顔が、私には許せなかった。
ずっとずっと騙して来たのに、なんでそんな顔ができるのか。
私は純粋な部分を踏みにじられたような気がして、湧き出て来る黒い感情が口をつつい
て出てしまった。
「お父さんとお母さんのうそつき!なんでサンタがいるなんて言ったの!?私が嘘をつか
れてうれしいなんて思ったの!?こんなことなら最初からサンタがいるなんて言ってほし
くなかった。うそつき!うそつき!大っ嫌い!」
幸せを運んでくるはずのサンタの最後は、私の罵倒で終わった。
それから我が家ではクリスマスにプレゼントが置かれることはなくなった。
サンタがいると嘘をついた罪滅ぼしなのか、父と母はその時期になると私にお小遣いを
くれた。
現実を知った私は、プレゼントをもらえることよりもお金をもらえることの方が得だと
思い始めて、サンタがいなくなったことを嘆くことはなくなった。
あれからもう何年も過ぎた。
私が小学五年生までサンタを信じていた事実は、社会人になった今では笑い話になって
昇華されている。
「志穂って純粋だったんだね」
皆が口をそろえる。
後になって知ったのだが、小学五年生まで信じていることは稀らしい。
「今じゃそんな純粋さの欠片もないけどね」
あっはっはっはと笑いながら、目の前にあるカクテルを飲んでいい気分になっていく。
そう、今はもうそんな純粋な気持ちを持ち合わせていない。
クリスマスは恋人に自分の欲しいものをねだれるチャンスだし、セールが行われるので
自分の財布の紐が緩む時でしかない。
純粋じゃなくなっても、私は私の中でクリスマスを楽しんでいた。
そこにサンタクロースがいなくても、全然問題はなかった。
…… はずだった。
三年後、私は取引先で知り合った和仁と結婚してすぐに妊娠が発覚した。
「もうそろそろ名前考えないとなあ」
臨月のお腹を蹴ってくる赤ん坊をよしよしとなだめながら、目の前にあるバニラアイス
をすくう。
「あらやだ、まだ考えてなかったの?」
母はベビー用品のカタログから目を離して呆れていた。
「だって、和仁にもお願いしてるのに全然いい名前出してこないんだもん」
「そういうアンタはどうなの?」
「私は百個は考えたんだよ?」
「そこから選べばいいじゃない」
「そのうちの九割ぐらいを和仁が却下したのよ。だから怒ってやったの」
「…… それでクリスマスだっていうのにウチに来たのね」
「いいじゃん、歩いてすぐの距離にいるんだし。運動だよ、運動」
「はーぁ、まあいいけどね。和仁君は人が出来てるから」
「ちょっと、私が出来損ないみたいに言わないでよ」
「そうは言ってないわよ。小学五年生までサンタを信じていた純粋な娘を私は誇りに思っ
ているわよ」
「それ関係ないし」
溶け始めているバニラアイスを急いで胃の中に送り込むと、私はリビングへと向かった。
「そのうち和仁が迎えに来るから、それまで寝る」
「はいはい、どうぞ」
スッと目を閉じただけで、私は一瞬にして眠りの世界に落ちていった。
「うーん…… 今何時?」
「もう六時よ」
「朝の?」
「夕方に決まってるでしょ。和仁君から私にメッセージ来たからね。七時には迎えに来るっ
て」
「ふーん」
寝ながらスマホを見ると和仁から「ごめん」とだけメッセージが入っていた。
既読を付けてスマホを床に転がす。
「お、やっと起きたな」
頭の上から声が聞こえて、その時初めて父がいることに気付いた。
「おかえり、お父さん」
「ああ、ただいま」
「うん?」
父の近くに見慣れない箱があった。
「それ、なあに?」
父はその箱を見つめると、演技かかったような声で話し始めた。
「おやー、なんだこれは。母さん、これ知ってるか?」
「いやー、知らないわね」
どうも母親もグルのようだ。
「名前が書いてあるな『木本志穂様へ』…… うーん、誰からの贈り物だろう」
「なにその下手な演技」
「…… ま、開けて見なさい」
箱を受け取り、包装紙を丁寧に剥がしていく。
クリスマスプレゼントを貰った時のことを思い出して、少しだけドキドキしている自分
がいた。
「…… コレは?」
中に入っていたのは、サンタの衣装だった。
しかも二着入っている。
「どういうこと?」
「前のサンタからの最後のプレゼントだよ、志穂」
「え?」
「これから志穂はお母さんになって、和仁君はお父さんになる。二人は子どもに嘘はつかな
いようにしようって思うだろう。でも、一年に一度だけ嘘をついてあげてほしい。サンタは
いる、ってね」
「…… でも、私みたいに小学五年生まで信じちゃうかもしれないよ?」
「僕はね、そこまで信じてくれた志穂に感謝をしているんだよ」
「なんで?」
「僕たちはずっとサンタを演じてきた。苦労したよ、バレないようにするには。でもね、と
てもドキドキして、楽しかった。そして志穂が喜ぶのがとても嬉しかった。幸せだったよ、
あの時間は」
「でも…… そんなお父さんたちに、私…… 酷いこと言って…… 」
「いいんだよ、志穂。僕たちは嘘をついた。その罰は受けないといけないからね。だけど、
それ以上の幸せを僕たちは貰ったから、全然酷いと思ってない」
目の前の景色が、歪んでいく。
自分が泣いていることに気付いたけれど、私はそれを拭うこともせずサンタの服を抱き
しめた。
父も母も笑顔でこちらを見ている。
泣き笑いになりながら「ありがとう」と伝えると、お腹をポン…… と優しく蹴られた。
ゆっくりとお腹を撫でながら、私はこの子に嘘をつくことを決めた。
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