犬の目はキラキラしていた

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犬の目はキラキラしていた

「ギャンっ」  父親に思い切り蹴り飛ばされた犬が悲鳴を上げた。ガンっと物置の中の荷物に当たって床に落ちる。短い手足はビクビク震え、口から泡を吹いていた。  犬を抱き上げようとしても体が震えてうまく動かない。肩に衝撃が落ちて自分も床に転がる。ガツっガツっと鈍い音と痛み。体を丸めて耐える。声を出したらもっと酷い目に遭うから。  音が止むと、父親の昏い声が上から降ってきた。 「捨ててこい」  そう言って出ていく。いなくなったのに物置の中は酒臭くて、どこからか覗かれてる気がした。  ***  クラスの奴らに踏まれたランドセルを背負い直す。誰とも会わないように河川敷に降りて、草むらの中を歩いてたら鳴き声が聞こえた。草のあいだにある、フタの閉まったダンボールがカタカタ動いて中からキュンキュン聞こえる。  フタを開けたら、茶色くて小さい犬が入ってた。犬はキラキラした目で俺を見上げて笑った。犬が笑うなんておかしいけど、笑った気がした。  伸ばした俺の手を一生懸命舐めて尻尾を振ってる。抱き上げたらもっと尻尾を振って顔を舐めだした。小さい体は温かくて柔らかくて、とても大事に思えた。  父親は犬なんて許さない。でも、どうしても連れて帰りたくなった。  あいつが帰ってくるのは夜だ。庭の物置に隠しておけばいい。そうして連れ帰り、物置にタオルを敷き、皿に入れた水と食パンをあげた。  犬は水もパンも夢中で食べて、嬉しそうに尻尾を振った。離れるとキュンキュン鳴くから、自分の代わりに服を置いてみるとおとなしくなった。静かにと言い聞かせて、父親が帰る前に物置の戸を閉める。  父親はいつものように酔って帰ってきて、テレビを見ながらまた酒を飲んでた。俺は布団の中で丸まって犬の名前を考える。茶色くて小さくて黒い目がキラキラしてる犬。すごく良いものだけでできてるみたいだ。  朝、まだ寝てる父親を起こさないように、こっそり皿に水を汲んで食パンを一緒に運んだ。物置を開けたら嬉しそうに飛びついてきた犬は、昨日と変らないキラキラした目で俺を見て尻尾を振った。  学校へ行ってからも犬の名前を考えた。どんな名前がいいだろう。聞いたことある犬の名前を思い浮かべても、あのキラキラした目には合わない気がする。もっとすごく良い名前がいい。  家に帰ったら散歩に連れて行こう。首輪はないけど、紐を結べばいいかな。それとも抱っこして川に行って放したら、好きに走れていいかもしれない。  帰りの挨拶が終わってから、走って家まで帰った。まっすぐ物置にいったら、犬はやっぱり飛び出してじゃれついてきた。  思いっ切り撫でてからランドセルを置きに家に入ると、父親がいて胸がズキンとした。バレたかもしれないと思ったけど、何も言われない。テレビを見てる父親の横を静かに通ってランドセルを置いた。  紐は探せないから抱っこして川に連れて行こうと決める。足音を立てないように玄関に戻って靴を履いた。  物置を開けたら、犬は飛び出してきて足元でグルグル楽しそうに回った。散歩に、と言おうとしたら目の前が暗くなる。  人影。後ろに気配。 「コソコソしやがって」  怒りを含んだ声。冷や汗が流れて動けない。  犬はキラキラした目で父親を見上げて、キューンと鼻を鳴らした。  *** 「っぅぐぉ」  思い切り蹴り上げた父親は汚い声を出して床に転がり、体をビクビクさせて吐しゃ物をまき散らした。  父親の背を越した俺と、酒のせいで足腰がおぼつかない父親。黄色く濁った目は焦点があっていない。  俺は蹴り続ける。父親が口から泡を吹くまで。
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