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「ここは…?」
「ここは呉服屋だ。何か欲しいものがあれば買うぞ?」
「いぇ… 」
「そうか。じゃあ店を見て待っていてくれ 」
「はい 」
「あらぁ。藤堂家の!お待ちしておりました 」
2人が店内に入ると店主の美代子が麗人を連れて店の奥に連れていく。
「麗人様、ご用意できてますよ。ご確認を 」
「あぁ 」
そこには、いくつもの美しい女物の着物があった。
「麗人様がここまで気にかけるとは珍しいですね 」
美代子は店内の着物を楽しそうに見ている響華を眺めて麗人に言った。
「そうだな。…彼女と過ごしていると穏やかな気持ちになる。そして、ふと消えてしまうのではないかと不安になる 」
「貴方様がそこまで言うとは。絶対に手放してはなりませんよ?」
「…あぁ 」
響華を見ながら素直に返事をした麗人を見て美代子は驚く。
幼いころから物にも無頓着で無表情、着物を選ぶのも適当だった麗人が響華を見て薄く微笑んでいたからだ。
「あれも仕立てられるか?」
麗人が指さしたのは、響華の見つめている白地に美しい桜の舞う反物だった。
「ちょうど桜が舞う頃には出来上がります 」
「じゃあ頼んだ 」
「かしこまりました。本日確認していただいた着物は全てお屋敷に届けさせます 」
「あぁ 」
美代子に軽く返事をした麗人が響華に近づく。
「そろそろ行くぞ。…何故それほどこの反物を見つめているんだ?」
「母の形見だった着物に似ているのです。もうありませんが 」
そう答えた響華の声は震えていて、これ以上今の麗人には踏み込んではいけないことのような気がした。
麗人は「そうか。」と一言だけ返して、そっと響華の手を取り店を出た。
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