怒り

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怒り

彼と会えたのは、その4日後。 仕事が終わり、 アパートで食事を作ろうとしていた時に 電話が鳴った。 「なかなか連絡できなくて、ごめん」 「あ、うん」 待ち望んでいた彼からの連絡。 それなのに何故か心が弾まない。 返事をしたっきり黙りこんでしまった 僕の耳に、彼の心配そうな声が響いた。 「・・・ねえ。何かあったの?」 「いや、何でもない。最近、疲れやすくて」 「そうなんだ。少し・・・会いたいなと 思ったんだけど」 「いいよ。何時頃、帰って来る?」 少しでもいい、彼の顔が見たかった。 「え、大丈夫なの?じゃあ、1時間後に 家に行くよ」 「わかった。ご飯は、食べた?」 「うん。済ませてる。何か、買っていくものは ある?」 「特にないよ。ありがとう」 電話を切った後、コンロの火を消し、 温め始めたばかりの鍋の湯を流しに捨てた。 衝動的に服を脱ぎ、シャワールームに 駆けこむと、一心不乱に身体を洗い始める。 少しでも気分を変えておかないと、 またネガティブな気持ちをぶつけてしまうと 思った。 1時間後、生乾きの髪にタオルを巻いたまま、 テーブルの向かい側に座る彼の言葉に 衝撃を受けていた。 「・・・どういうこと」 やっとのことで絞り出した声は、 彼に届かないまま宙に消えた。 彼は僕の目を見ることなく、 ぎこちなく笑った。 「事務所はもうそろそろ僕と相方を 売り出そうと思ってたみたいで、 ちょうど今回の準優勝が箔付けというか・・・ これから住まいとか、人間関係とか、 変えて行かなきゃならないみたいなんだよね」 「下北沢から、引っ越すってこと?」 「うん。で、人間関係っていうのは」 「僕の事?」 「いや。ゴシップに繋がる事は全てかな」 曖昧に微笑む彼の顔を凝視し、言葉を挟んだ。 「全てって、他に付き合ってる人がいるの?」 「そういう訳じゃなくて、バイト先の子たち とのこととか」 「だから、それってどういうことなの」 僕が衝撃を受けた彼の言葉は、 部屋に上がって早々口にした、 「携帯電話の番号を変えないと」 というものだった。 「どういうことって、だって僕の過去を 知る人はなるべく避けたいじゃない」 「それ、本気で言うてますか」 思わず、関西なまりが出てしまった。 静かに、怒りが湧いてくる。 「君の事、ちゃんと応援してる仲間も おるやろ。そないな人まで排除する 言い方は」 「知ってるよ!」 吐き捨てるように叫ぶ彼に、言葉を失った。 「岸野くん・・・」 うつむいてしまった彼の表情は、 見えなかった。 彼のすぐ横に回りそっと座ると、 彼の肩を抱き、自分の方へと引き寄せた。 「準優勝、おめでと。僕には、本当のこと 言ってくれない?」 泣いてしまった彼の背中をさすりながら、 ため息をついた。 彼が言った事は、 全て事務所の意向であることが判った。 新居は事務所名義、家賃は最初の数ヶ月は 事務所が立て替え。 彼らコンビの冠番組を立ちあげるのと 引き換えに、今までの人間関係でゴシップに なる可能性が1%でもあるものは、 一切排除する。 昔の彼女や現在付き合っている人の申告も 必要だと言われたらしい。 「もちろん、僕のことは話してないよね?」 顔を上げた彼がうなずいたのを確認して、 安堵したが。 「どうしたらいいのか、判らないよ」 手を広げて抱きついてくる彼を 受け止めながら、 僕は彼には乗り越えなければならない 根本的な問題が横たわっていると 感じていた。
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