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『Prisoner of love』
それから1年。
相変わらず僕は学生バイトを雇う古本屋の
店長で、本に囲まれた生活を送っている。
心の準備なしにテレビで彼の姿を見ても
動揺しなくなるまでになれたし、
たまたま下北沢という若者に人気の街に
住んでいるから出会っただけのことで、
スターになった彼は、
もう僕の事なんてきっと思い出さない。
神様の一時の気の迷いが、
僕と彼を引き合わせただけだと
割り切れるようになった。
それなのに。
神様はまた気まぐれを起こして、
僕と彼を引き合わせにかかったようだ。
診療所の待合室は、
点滴待ちの僕と彼の2人きりになった。
「・・・で」
「で、って何」
彼の意味不明な言葉に思わずツッコんだ後、
以前のように言葉を交わせることに
不思議な感覚を抱いた。
戸惑いを隠すために、ひとつ咳払いをした。
「こんなところに何の用なの。
スターさんが」
「スターさん、って」
苦笑いする彼に、更に畳みかける。
「僕は、あなたとは関係のない人間なんで」
「だから、連絡先を変えたの?」
「か、関係ないでしょ」
「あの手紙、読んだんでしょ?」
「読んだよ、それが何」
「またお得意の『行間を読む』っていう
やつで、僕の本心を見誤ったとか?」
「何言ってんだ・・・え、本心?」
彼の言葉に驚いて顔を向ければ、
また彼のまっすぐな瞳に出会った。
「川瀬さん」
真顔になった彼に名前を呼ばれ、
膝の上に置いていた手は有無を言わさず
彼に掴まれた。
「迎えに来ました。あの時は自分の事で
精一杯で、あなたの手を離してしまった。
まだまだ苦労させるかも知れませんけど、
一緒にいてくれませんか」
「岸野くん・・・」
瞬間、目の前が涙でぼやけた。
ずっと僕は、彼の事をどこか頼りなく、
守らなければならない人だと思っていた。
芸能界で活躍するには、
純粋過ぎて騙されてしまうんじゃないかと
心配もしていた。
でも彼はブレイクこそ遅かったものの、
芸能界の厳しさは知っていた。
自分で努力して立ち位置を定め、
テレビやイベントで引っ張りだこの存在に
なった。
そんな人が、
僕を忘れないでいてくれたなんて、
信じられなかった。
診療所の待合室だということを忘れ、
頬を濡らす涙を隠すことなく泣き続けた。
彼の優しい笑顔に見守られながら。
「僕は・・・あなたに出会ってから、
自分の価値観が吹っ飛んでしまったんです」
「それって、前に言ってた」
彼はうなずき、
ハンカチで僕の涙を拭いてくれた。
「あなたに絡め取られたまま、1年も
過ごしてたんです」
「嘘だ・・・芸能界には、他にもっと
魅力的な人がいるでしょ」
素直になれずそんな言葉を口にすれば、
彼はゆっくり首を横に振る。
「ずっと、そばにいてくれる?
君がいないと、僕は生きていけないんだ。
そばにいてって言ったら、そうしてくれる?」
それはまさに、あの夜僕が彼に囁くように
言った言葉だった。
彼は微笑み、僕をそっと自分へと引き寄せた。
僕は彼の胸に抱きとめられながら、
深く息を吐いた。
「お互いがお互いを、捉えたまま離さない
ことって、あるんだね」
夢を描けずに何となく生きている僕と、
夢が叶うことを信じて頑張る彼。
共通点のないはずの2人が、
一度でも出会ってしまったのなら。
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