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プロローグ
「送ってかなくていい?」
「うん、へーきへーき。行ってきます」
長かった梅雨が明け、めくるめく夏がやって来た。
矛盾も裏切りも偽りも全部洗い流して透度を増した大気を通って降り注ぐ日差しはこの世のすべての彩度を上げる。
内側に溢れんばかりの生命を満たした草木の緑、遠く深く果てしない夢を秘めた海の青と空の青。大きく膨らんだのは入道雲の白と灰色、フェンスの錆の赤銅色、朝顔の露の薄花色。
思わず笑みがこぼれるような土曜日の朝。
平日よりも早く起きてしまって何だか自分で自分が恥ずかしい。
時刻は7時32分、いつもより静かな校舎と蝉の声。
職員室では学校に住んでいると噂の原田先生がコーヒーをすすっていた。
「失礼します。2年2組の早川です、美術室の鍵を借りに来ました。」
「は~い、どーぞー」
やっぱり何度見ても近所の太った飼い猫に似ている。
職員室を出て美術室のある4階まで上がる。
木造の階段は一段上るごとに心地の良い柔らかな音を響かせる。
いつもだったら途中で息が切れて苦しくなるこの階段。
今日は最後までひと息に上れるような気がしてどんどん足を進めた。
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