メロンパンとドッペルゲンガー

3/12
前へ
/85ページ
次へ
 今のサキの願い事は学業成就でも商売繁盛でもない。 (新しい家族が元気でありますように)  社務所に並ぶ色とりどりのお守りの中でサキが取り上げたのは――赤い錦に張り子の犬が織り込まれたもの。  受け取った相手が少し不思議そうな顔をしていたが気にしない。 (渡したら、喜んでくれる……かな)  こじれた関係にきっかけが欲しいのはサキも一緒だ。  白い袋に入ったそれを無造作にポケットに押し込んで帰路につく。 「さすがに諒さんも帰ってるよね」  先に歩いて行ったのだからそう決めつける。  うっかり心の声が漏れたが気にしない。年を取ると独り言が――というほど老けてはないつもりだが、どこか(やま)しい気持ちがあるのかもしれない。 「サキちゃん?」  嬉しそうな声に驚いて顔を上げた。  雨の匂いに覚えのある甘い香りが溶けた。  慌てて会釈すると青い紙袋を抱えた綾乃が笑顔になる。 「今、帰り?」 「あれ、さっき……?」  諒と一緒だった――と続く言葉をのみこんだ。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加