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「――なんだミケか。そんなところで……邪魔だ」
ずいぶんな挨拶をくれてガス屋のロゴ入りのタオルで手と顔をぬぐう。小さな手拭いでどうにかなる状態ではない。
「そんなんじゃ無理ですって、着替えないと風邪ひきますよっ」
「すぐに帰る。出先からそのまま帰ろうと思ったらアパートの鍵を忘れちまった。ミケもさっさと帰れ」
濡れて張り付く前髪を鬱陶しそうに撫であげて忌々しそうにつぶやいた。
「びしょ濡れの床を掃除したら帰りますよ」
「そんなの放っておけば乾く。ったく、昼には終わる予定だったんだが買い物に連れ回されて……走れば大丈夫だと思ったのにびしょ濡れだ」
愚痴りながら服の下に抱え込んでいた紙袋をサキに差し向けた。
「これ、ミケに差し入れ」
見覚えのある青い紙袋。綾乃が抱えていたものと同じ。
漏れる甘い香りに釣りあげた目尻を引き下げた。
「珍しいことするから大雨が降るんですよ」
「うるせぇ。いらねぇなら慈英に持って行くぞ」
「いりますっ!」
取り上げられそうな気がして慌てて袋を抱きかかえた。諒は鼻を鳴らすと肩をすくめて濡れた足跡を床に残して隣の部屋に消える。
ごそごそと何かをひっくり返す音がするのは着替えを探しているのか。
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