2年夏。地区予選1ヶ月前

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2年夏。地区予選1ヶ月前

「夏大のメンバーを発表する。番号順に呼ぶから、呼ばれた者は返事をするように」  監督の一言で、俺たち崎岡高校野球部員は一斉に緊張感に包まれた。誰一人物音を立てず、監督が次に発する声に全神経を集中する。  俺の望みは、一番最初に名前を呼ばれることだけ。  背番号1。チームのエースのみが付けることを許された称号。  春大会の際にも付けたその番号を俺はもう一度勝ち取れると確信していた。それ以外の番号には興味が無いし、付けるつもりもない。 「1番。成田」 「はい!」  右隣から同級生のチームメイト・成田の気合いのこもった声がし、俺の喉からは「え」と情けない声が漏れた。  1番。成田。その言葉の意味を時間をかけて反芻する。エースだけが背負える番号。それが成田の手に渡った。  つまり俺は、この夏のエースの座を奪われた……。 「8番。楠本」 「……」 「楠本! 返事をしろ!」 「えっ。はっ、はい」 「ぼーっとするな! メンバー発表中だぞ!」 「す、すみません」 「ったく……お前はセンターのスタメン兼、成田のバックアップだ。暫定ではな。やる気が無いようならいつでも入れ替える。……返事は!」 「……はい」  エースを奪われた。その衝撃的事実が頭をガンガンと殴りつける。喉がやたらと渇き、呼吸すらままならない。  監督がメンバー発表を終え去ってゆく。最後の夏のベンチ入りを逃した三年生たちが肩を抱き合い泣いている。  俺は唇を噛み、そそくさと帰りの身支度をする成田の背を睨みつけた。
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