strawberry &cigarette

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誰にも内緒の、恋をしている。 恋の相手である彼「真也」は、 芸能事務所所属のナレーターで、 某FM局金曜深夜のラジオパーソナリティ。 番組のコンセプトとファン対策から 一切メディアに顔を出さない、 本名も年齢も明かさないとの徹底ぶりで、 3年前に番組が始まって以来、 人気を博してきた。 僕はといえば、彼の大学時代の同級生で、 商社に勤めるサラリーマン。 恋人歴はもう6年になるが、彼の魅力に 取り憑かれ、今でも恋焦がれている。 杉並区にあるマンションの一室に 2人で暮らし、密かに愛を育んできた。 大学4年の夏、就職が内定していた僕は、 1人新宿にあるバーに出かけ、彼に出逢った。 隣に座っていた彼に一目惚れしたが、 なかなか声をかけられずにいた僕を見て、 彼が微笑んだ。 「経済学部の岸野くんだよね」 彼が同じ学部に在籍している同級生だったと 知り、驚いた。 訊けば、大学には顔をあまり出さず、 取得している単位は卒業ギリギリ。 その頃から彼は「真也」として 芸能事務所に所属し、週に4日、 コミュニティFMのDJをしていると言った。 飄々としているのに、実は優しい彼からの アプローチで、すぐに彼の部屋での同棲が 始まった。 料理が好きで得意な2人にとって、 2人が立てるキッチンの広さは、 物件を借りる必須の条件だった。 既に収入のある彼に追いつくように、 翌年の春に就職した僕は、キッチンの広い 部屋への引っ越しを彼に提案した。 そして今のマンションに引っ越し、 穏やかで快適な毎日を過ごしている。 「こんばんは、真也です」 日付が変わった11月14日、25時。 彼のラジオ番組の「真夜中のフリートーク」が 流れ始めた。 いつものように彼独特の甘い声が心地よく 響けば、彼と共有しているキングサイズの ベッドの中で彼に包まれている感覚を抱き 2時間楽しく聴いて、明け方帰宅する彼を 気分良く出迎える、はずだった。 部屋に不穏な空気が漂ったのは、 番組が始まってから1時間を超えた頃。 彼が読んだ1通のメールが、きっかけだった。 「ここで、メールを1通。こんばんは。 真也さんは個人情報を明かさないことを 徹底している方なので、ダメ元でお尋ね しますが、ズバリ好きな人はいらっしゃい ますか。私は真也さんの声が大好きで、 将来は真也さんのような魅力的な声を持つ 男性と結婚したいです。ぜひ現在の恋事情を お聞かせください」 えっ、と思わず声を出してしまった。 秘密主義の彼が、話す訳がない。 何故こんなメールを、彼が読んだのか。 彼の次の言葉を待った。 「好きな人か。これ、言っていいのかな」 まさか。 びっくりして、飛び起きた。 彼は、僕のことを何と言うのだろうか。 しかし彼が発した言葉は、僕の期待を 大幅に裏切るものだった。 「好きな人はいますが、かなり片想いです」 片想い?! 僕という恋人がいるにも関わらず、 よりにもよって何を言ってるんだ? 嘘なら嘘で、余計腹が立つ。 リスナーに嘘をついて、何がしたい?! 怒りに任せて、ラジオを叩き消した僕は、 枕を抱えて大きく息を吐いた。 初めての波風は、こうして立った。 「葵、ただいま」 明け方、僕の内心を知らずに彼が帰宅した。 いつもなら返事があるはずなのに、 僕が沈黙を保っているので、 これは何かあると思ったのだろう。 彼は僕がベッドにいることを確認し、 ひらひらと手を振ってシャワーを 浴びに行ってしまった。 絶対に、許さない。 あの言葉の真意を問いただしてやる。 彼のしたことは、 ラジオという公共の電波を使った、 テロのようなものだと思った。 10分後、彼がタオルで髪を拭きながら 僕のところにやって来た。 「どうした?ご機嫌斜めだな」 微笑みを絶やさずにいる彼が、恨めしい。 「何で、あんなこと言ったの」 「あんなこと?」 「好きな人がいて、片想いだそうですね」 「ああ」 「ああ、じゃないでしょ?」 「葵、怖いよ」 「本当に好きな人がいるの?」 「葵、落ち着いて」 「落ち着けるかっ」 彼に向かって、枕を投げた。 「了解。来週の放送をお楽しみに」 「楽しめる訳がない」 「いや、楽しんでよ」 「キミはバカなの?人が怒ってるのに」 「何で、怒ってるの?」 「‥‥大馬鹿者!」 こんな時も飄々としている彼に、 振り回されていた。 11月21日、25時。 結局おとなしく、 彼のラジオを聴くことにした。 片想いの相手とはいったい誰なのか、 明かしてもらおうじゃないか。 嫉妬と不快感で頭が痛かったが、 ラジオのチューニングを合わせた。 「こんばんは、真也です。今夜は先週の 僕の発言がずいぶん皆様に影響を与えた とのことで、もう少し詳しくお話ができれば と思います。最後までお付き合いください。 それでは、真夜中のフリートーク」 タイトルコールの後は いつもならスポンサーの読み上げがあり、 曲がフルコーラス流れるはずだが、 今夜は数十秒のBGMが流れてすぐに 彼のトークが始まった。 「ずいぶんとメールが来ていまして。 真也さんの好きな人ってどんな人ですか とか、かなり片想いって切ないですよね とか、ですね。それについて話しますね」 やっぱり、人の心を掴むのがうまいな。 彼のトークに、一気に引き込まれた。 しかし、その後の彼の発言には驚かされた。 「僕の好きな人は、葵といいます。 喜怒哀楽がはっきりしていて、かわいい 人です。僕の一目惚れで、付き合って 6年になります。でも時々、好きすぎて 悩みます。かなり片想いというのは、 心境のことです。これを本人が聴いて いると信じて伝えます。葵、愛してるよ」 瞬時に、涙が溢れた。 同時に、公共の電波を使ったテロその2 だと思い、笑いも込み上げて来た。 「では、スポンサーをご紹介します。 ○○株式会社‥‥」 彼が淡々とスポンサーを読み上げている。 「スポンサーさん、慌ててないかな。 また来週も、聴かなきゃ」 涙を拭きながら、僕は笑い続けた。 日陰の存在として、友達の誰にも 彼と付き合っていることは言えずにいたが、 彼を信じてきて良かった。 帰ってきたら、強く抱きしめたい。 彼に対する愛しさが増した、僕だった。
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