星に願いを

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星に願いを

昔、実家の近くに、食事処がありました。 今はもう、場所を移してしまって、もっと大きなお店でやってらっしゃいますが、当時は、田舎の、しかも分かりにくい場所にありながらとても人気でした。学校からの帰り道、若い女性達が、僕に店の場所を尋ねたことがあり、子供の僕は、知らないお姉さん方に緊張して、説明することができず、「こっち。」とだけぶっきらぼうに言って、お店の場所まで歩いてったことがあります。彼女たちはそんな僕に 「ありがとうございます。」 と、丁寧におっしゃってくれて、恥ずかしくなってしまいました。 遠くからいらっしゃるお客さんもいらっしゃいましたが、地元の人もよくおとずれました。もちろん、僕もです。夏休みなんかは、昼休憩で帰ってきた母とお昼を食べに行きました。平日の昼食をお店で食べるなんて、なんだか特別な気がしてとても嬉しかったです。 ある土曜日に、母と父と共に、その食事処へお昼を食べに行った時、カウンター席に案内されたのですが、そのそばで僕と同じくらいの歳の少年がゲームをしていました。僕も同じゲーム機で遊んでいたので、彼がなんのカセットで遊んでいるのかとても気になりました。そんな様子を見た店員さんが、僕に声をかけてくれました。 「その子ね、私の子でね。良かったら、遊んであげてちょうだい。」 その時、ちょうど顔をあげた少年と目が合ってしまいました。僕が持つゲーム機を見て、少年は微笑むと、 「遊ぼうよ。なんのゲームしてるの?」 と言ってくれました。両親の方を見ると、行っておいで、と頷いてくれたので、僕は嬉しくなって、席を離れて少年のそばに行きました。 少年が遊んでいるゲームは、先日僕がクリアしたばかりのゲームでした。僕は得意になって、あれこれと少年にアドバイスしたり、代わりに操作したりしました。少年はとっても素直で、「すごーい!」と褒めてくれるので、僕はますます嬉しくなったのです。 食事が運ばれてきて、一旦少年のそばを離れたのですが、もっと遊びたかったので、さっさと食べて両親が食べ終わるまで、また少年とゲームをして遊んでいました。 「そろそろ行くよ。」 父の声に、寂しくなりましたが、しぶしぶ「もう、行かなきゃ。」と少年に声をかけました。「次は、いつ会える?」と僕が尋ねると、「じゃあ、また来週の土曜日はどう?」と答えてくれました。 「じゃあ、約束ね。」「うん。約束。」 そう言って、僕は会計をしている両親のもとへ行きました。 しかし、約束の土曜日、僕はあの食事処へ行くことができませんでした。親戚のところに出かける予定ができたからです。前々から決まっていた事のようで、僕も行かなければなりませんでした。少年との約束があることを両親に伝えましたが、昼食は親戚ととることになっているため、あの食事処へ行くことはできないし、約束の時間に遅れてしまうと両親は言いました。 それでも、渋る僕に母が言いました。 「それじゃあ、来週の土曜日に行きましょう。その時、あの子がいなくても、あの子のお母さんはあの食事処で働いていらっしゃるのだから、ごめんねって伝えて貰いましょう。」 僕は頷いて、親戚のもとへ出かけました。 僕は、少年との約束を破りました。 それから、何となく、あの食事処へ行くのが気まずくなり、僕が嫌がるので、あまり通わなくなったまま2年ほど経ちまして、ある日母が僕に新聞を持ってきて、言いました。 「ねえ、あの子覚えてる?あなたが、あの食事処で一緒にゲームで遊んだ子。」 覚えていました。僕は、彼との約束を破ってしまったことを申し訳なく思っていたからです。たまに、少年のことを思い出して、彼は怒っているだろうか、としょんぼりしていました。 続けて、母が言いました。 「あの子、亡くなってしまったそうよ。病気だったんだって。」 少年との約束を、僕が忘れられなくなった瞬間でした。 親戚のもとへ出かけた約束の日の次の週、両親は僕をあの食事処へ連れて行ってくれました。 もちろん、あの少年はいませんでしたが、少年のお母さんがいらっしゃったので、彼に約束を守れなかったことの謝罪を伝えて欲しいと頼みました。少年のお母さんは、 「気にしないでいいのよ。あの子も先週ここには来なかったから。」 と明るく教えてくださいました。 けれど、今思うと、この記憶は、僕が都合よく創りだしたもののような気がするのです。 あの少年の名前も顔も声も、彼の悲しい報せを聞いた時には、とっくに思い出せなくなっていました。そんな自分の薄情さもこの思い出が忘れられない理由のひとつなんだと思います。 当時、僕は通っていたピアノ教室で、『 星に願いを』を練習していました。ピアノの先生が僕に言いました。 「あなたの『 星に願いを』は、なんだか悲しそうに聞こえます。これは楽しい雰囲気の曲ですよ。明るい気持ちで演奏するようにしましょうね。」
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