嘘はつけない。

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嘘はつけない。

先週、 ずっと親友だと思っていた佐橋雄大と セックスした。 一生、川瀬に捧げるつもりでいたのに、 あっさり佐橋に捧げてしまった。 今だけでいいと言う佐橋の切ない瞳に出逢い、 断りきれなかった。 僕は何てことをしてしまったんだ。 あの日は行為が終わった後、 逃げるように帰ってしまい、 佐橋とはまともに話せなかったが、 川瀬と頻繁に会わない今だからこそ、 道筋をつけなければいけないと思った。 8月18日。 佐橋と予定が合い、 行きつけの喫茶店で会うことになった。 「岸野。言いたいことはわかってる」 席について早々、 先に席にいた佐橋が口を開いた。 「僕たちがしたことは、誰にも内緒。 それが言いたいんだろ?」 「それもあるけど」 「何だよ」 クリームソーダを一口飲み、佐橋が僕を 見つめる。 佐橋。どうしてそんなに冷静なんだ? 言いたい言葉が喉から出ず、首を振った。 「佐橋は、いつから、その僕のこと」 「それを今聞いて、どうするつもり」 「ごめん」 「川瀬には、絶対に言うなよ?絶対に。 僕が言うことじゃないけど、良心が痛む とか言って話したところで、悪い展開に なるだけなんだから」 「わかってるよ」 「岸野を困らせるだけだけど、僕はこう なったことは全く後悔してないよ」 「佐橋」 「岸野は、僕とまだ親友でいたい?」 「それについて、なんだけど」 「うん」 「この続きは、LINEを介してでもいい?」 「はあ?」 「口では、言えないんだ‥‥」 俯いた僕に、佐橋はひとつ息をついて、 「ここで、LINEするのか。まあいいよ」 と言った。 スマホの待受画面は、 川瀬とのツーショットのまま。 パスワードでロックを解除して、 LINE画面を開くと、 佐橋あてに手早く文字を打った。 『僕、貞操観念が狂ってるのかも』 『どーいうこと?』 既読がついて、佐橋から返信が来た。 きっと、これを書いて送ったら、 佐橋に呆れられる。 でも、腹をくくって文字を打った。 『川瀬より、気持ち良かった』 瞬間、 佐橋が目の前で絶句したのがわかった。 『お前なあ汗』 それでも、佐橋はLINEで返信を続ける。 『まあ、何だ。相性って奴だから、それは』 『川瀬への気持ちは、変わってない。でも』 『でも?』 ああ、どうしよう。 これを書いて送ったら、絶対に引かれる。 そこで書くのを止めた僕に、 苦笑いした佐橋からLINEが届いた。 『何だよ、僕のことも好きになったとか?笑』 その指摘があまりにも図星すぎて、 目を見張ったまま、固まった。 『‥‥マジかよ』 顔を上げ、 まっすぐ僕を見つめる佐橋に訊いた。 「どうしたらいい?」 僕を優しく抱く佐橋の愛を感じたら、 もっと欲しくなってしまった。 それは川瀬への裏切りに違いないのに、 あまりの気持ち良さに打ち震えた。 絶対に無理だと思った、 川瀬以外で感じてしまったのは、 佐橋も気づいていたと思う。 あの時間、 間違いなく僕と佐橋は恋人同士の愛を 交わしたのだ。 川瀬が正統派の長身イケメンなら、 佐橋はアイドルのようなかわいさがあり、 僕と背格好は似ているものの、 放っておいてもファンがつくような タイプの奴だ。 僕が親友でいられるくらいだから、 性格も良くて、魅力的だと思っている。 でもまさか、 ここに来て佐橋に恋をするとは。 そう、僕は川瀬にも佐橋にも恋をしていた。 川瀬には胸を掴まれるようなハラハラを、 佐橋には高揚するようなドキドキを感じる。 「岸野。この後、時間ある?」 ふと我に返ると、 佐橋が何かを考える素振りをして、言った。 「あ、うん」 「確かめたいことがある」 「確かめたいこと‥‥?」 部屋に入って早々、佐橋に抱きしめられた。 佐橋の家には、 僕たち以外には誰もいなかった。 貪るように佐橋と深いキスをした僕は、 もう川瀬とは2人きりで会えないかも 知れないと思った。 僕は、どこに向かうのだろう。 一体、どちらの手を掴めばいいのだろう。 恋人の川瀬?それとも、佐橋? 罪深いことに、 川瀬と佐橋のどちらかを選ぶことは、 今の僕には難しかった。 「ああああああっ」 佐橋との2度目のセックスは、 初めての時よりも感じまくっていた。 もう戻れない。 川瀬のことを忘れ、 佐橋にしがみついた僕は、 本能のまま喘ぎ声を上げ続けていた。
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