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モテモテ大学生の恋の苦悩。
宿泊の受付開始時刻の22時。
バイト帰りの恋人、岸野葵と
人気の新宿の某ラブホに足を踏み入れた。
彼とは先週両思いになり、
その日のうちにセックスをしたが、
彼の「ラブホに行きたい」という希望を
叶えるためにやって来たのだ。
「部屋、めっちゃ広いー」
靴を脱いで、先に部屋に一歩入った彼の
はしゃぐ声が響く。
「ねえ、お風呂もキレイだよ。
川瀬くん、一緒に入ろ?」
笑顔で振り返る彼を、背中から抱きしめた。
「あ」
そして彼の首筋にキスをして、耳元で囁く。
「岸野くん」
「何‥‥?」
彼の耳たぶを甘噛みし、今度は頬にキス。
「今夜は、じっくり愛し合いたい」
「うん‥‥」
頷いてこちらに身体を向けた彼の唇に、
キスを落とした。
チェックアウトの12時まで、あと14時間。
長いようであっという間に過ぎ去りそうだ。
浴槽に湯を張っている時間に、
軽く何かを食べようということで、
コンビニのサンドイッチを鞄から出した。
「今日、川瀬くんはどう過ごしてたの?」
授業が突然立て続けに休講になり、
彼と会う夜まで暇になった僕は、家に帰り、
掃除や洗濯、映画を観て過ごしたと、
サンドイッチを頬張りながら答えた。
「そうかあ。本当は僕もバイトはなかった
んだけど、急に代わってくれって連絡が
あって」
「岸野くん、偉いよ。代わってあげたんだ」
「先輩のお願いだったからね、仕方なく。
それより川瀬くん、何の映画を観てたの?」
「ラストエンペラー」
「え、あのオリジナル版で、3時間を軽く
超える映画を、ひとりで観てたの?」
「それだけ、暇だったってことだよ笑」
「何か、ごめんね」
「岸野くんが謝ることじゃないよ」
「川瀬くん、僕と会わない時間に
何してるのかなって、バイト中に考えてた。
寂しい思いしてなかった?」
「寂しくて、死にそうでしたー」
「ごめんごめん」
ペットボトルのコーヒーを口に含み、
サンドイッチを流し込んだ。
「もうそろそろ、お湯がいっぱいになるね。
お風呂、行こうか」
「うん」
立ち上がり、部屋の隣にあるガラス張りの
風呂に向かう。
「泡風呂、大好きー♡」
お互いの身体をスポンジで洗いながら、
泡で満たされた浴槽を横目で見た彼が、
またはしゃいでいる。
「今夜は、ずいぶんテンション高いね」
「え?川瀬くんが落ち着き過ぎだと思う」
「そう?」
「ラストエンペラー観て、テンションが
下がったとか?あれ、結構考えちゃう映画
だから」
「そうかも」
シャワーで彼の身体の泡を洗い流すと、
シャンプーしたての濡れ髪が色っぽい彼の
右頬に触れ、軽くつねった。
「ぎゃ、何をする」
「かわいくて、つい」
「もう!」
彼とおでこを付け合い、微笑みあった。
泡風呂に浸かり彼と向かい合うと、
どちらからともなく、顔を近づけた。
深いキスを交わしながら、
彼の僅かに吐く息まで吸い込んだ。
「何か、気持ちいいね‥‥」
彼の囁きが、風呂の中で甘く切なく響いた。
「うん」
彼の身体を跨ぐように座った僕は、
再び彼の唇にキスをした。
「岸野くん、好きだ」
「僕も、川瀬くんが好きだよ」
何度、愛を告白しても足りないと思った。
彼をこうして独り占めしているのに、
時々寂しくなるのは、何故だろう。
彼をきつく抱きしめ、キスをしていても
いつか彼がどこかへ行ってしまう錯覚を
してしまうのだ。
こんなこと、片想いしていた時には、
考えもしなかった。
「川瀬くん」
僕の胸の中に収まり微笑んでいる彼の髪を
撫でながら、寂しさの答えを探していた。
ベッドの上でドライヤーを使って、
彼の髪を丁寧に乾かしていた。
「川瀬くん、どうしたの。何か元気ない」
頭を上げた彼に指摘され、慌てて微笑んだが
ぎこちなさが残ってしまったかも知れない。
「いや、何でもないよ」
「もしや意外と、ネガティブな人?」
「実は、かなり」
「悩みがあるなら、遠慮なく言ってね」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、僕が川瀬くんの髪を乾かす番」
ドライヤー貸してと言われ、彼に手渡す。
「川瀬くん」
「ん?」
頭を下げたまま返事をすると、彼は
「時々、寂しさを感じる時があるよ」
と言った。
「え?」
「川瀬くんがいなくなるんじゃないかって
思うことがある。でもそう思う理由が、
わからないんだ」
「僕も同じだよ。岸野くんと一緒にいても
寂しさを感じる時があって、訳もなく不安に
なるんだ。何でなんだろうね」
「幸せ、だからこそなのかなあ」
「幸せで、不安になるの?」
顔を上げ、彼を見た。
「長く続かないって思うのかも」
「怖いね。まだ何も起こってないのに」
ドライヤーを止めた、彼の手を握った。
「僕は絶対に、どこも行かない」
「僕もだ。誓うよ」
抱きしめ合い、唇を重ねた。
そのままベッドに2人で沈み込んだ。
僕の唇は、彼の首筋に移っていた。
「そんな見えるところにキスマークしたら」
動揺する彼に、僕は構わず吸い続ける。
「僕を残したい。岸野くんの身体に。ダメ?」
「ダメじゃないけど、あっ」
彼の揺れてそそり立つ真ん中に触れた。
「こういうことをするのは、キミだけだ‥‥
愛してる。寂しさを感じるのは、きっと、
愛し過ぎてるからだよ」
「川瀬くん、僕を愛してるの?」
切なく息を吐いて僕の顔を見た彼に頷いた。
「岸野くんは?僕を愛してる?」
返事が怖くて、彼の首筋の愛撫を再び始めた。
「あ、愛してる‥‥」
真ん中への手の動きは止めず、彼の首筋に
2つ目のキスマークをつけた。
彼は鳴き始めて、言葉にならないようだ。
「岸野くん‥‥愛してる。何度でも言うよ。
愛してる。愛してるよ」
真ん中への刺激を続けながら、乳首の愛撫を
始める。
彼の甘い声を聞きながら、僕は必死だった。
湧き上がる不安と恐怖と戦いながら、
彼の存在でそれを埋めようとしていた。
さっき彼は僕と同じことを言ったけれど、
たぶん寂しさを感じているのは、
僕の方が強いと思う。
彼はいなくならないと誓うと言ったが、
もしそれが現実になったら、
僕は狂ってしまうかも知れない。
彼がいなかった世界には、もう戻れない。
「あああっ、出ちゃうっ、あっ!」
その言葉を聞き、口で受け止める準備をした。
せめて彼が放出する精を飲み干すことで、
僕がここにいる意味を証明したかった。
片想いしていた日々より辛いと思った。
彼の大切な部分に指を挿れ、
また彼に鳴いてもらっているが、
僕の心の切なさはますます募っていた。
そもそも何故彼に出逢い、恋に落ちたのか。
付き合い始めたばかりのラブラブな時期の
はずが、何故こんなに泣きたくなるんだ。
愛することが、何故こんなに苦しいんだ。
彼が僕に組み敷かれ、喘ぎ声を出している。
それは紛れもない事実だが、
僕たちはこれからいったいどこへ向かう?
堪らなくなり、素早くコンドームを付けると
無言で彼の中に入った。
「か、かわせくん‥‥?」
僕の異変に気づき、彼が不安そうな表情で
僕を見たが、もう構わないと思った。
腰を深く落とし、グラインドさせた。
「もっと気持ち良くなれよ、ほらっ」
「あっ!」
乱暴な言葉を使って、彼を追い詰めた。
部屋に彼の声とベッドの軋む音だけが響く。
こんなに不安に満ちたセックスは初めてだ。
それでも快楽は変わることなく、
徐々に高みに登る準備ができていく。
「あああっ、かわせくん、イっちゃう、
イっちゃうよ!あああああっ」
と彼が絶叫に似た声で果てたのと
ほとんど同時に、彼の中に吐精した。
快楽に溺れた末、静かに涙を流す彼の髪を
撫でながら、僕は自己嫌悪に陥っていた。
愛する彼を見つめずに、不安に苛まれた
挙句、ヤケクソのセックスをした。
それを彼が知ったら、どう思うのか。
「川瀬くん、ちょっと怖かったよ。大丈夫?
さっきも言ったけど、悩みがあるなら
ちゃんと言ってね」
彼は優しい。
こうして僕に歩み寄ってくれる。
それなのに、僕は。
返事をしない僕に、彼は再び口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
彼に呼びかけられて答えた唇に、
キスを落とされた。
「由貴って、呼ぶよ。いい?」
「う、うん‥‥」
「由貴は、僕を愛し過ぎて苦しいんだよね」
「うん」
「それは、僕じゃ受け止められない?」
「わからない‥‥」
「僕だって、由貴を愛してる。それは
変わらないんだよ。わかってくれる?」
「うん」
「ひとりで苦しまないで。何の為に僕が
いるの?苦しくて辛かったら、僕が
受け止めるから、ちゃんと伝えて。大丈夫だよ。
愛することは、苦しいばかりじゃないんだ」
「苦しいばかりじゃない?」
「僕だって、怖いよ。由貴がいなくなるの。
でも、怖がったり、苦しい苦しいって
言ってたりじゃ辛いだけだよ。
愛することは、その人だけを見つめられる、
とても尊いことなのに」
「尊い、ことか‥‥」
「僕もこんなこと言っても、由貴みたいに
苦しむかも。でも片想いじゃないんだから、
一緒に悩んで行こうよ。ねっ」
彼に微笑まれ、気が紛れた。
「そうだね。一緒に悩んで行こう」
彼を抱きしめ、目を閉じた。
疲れているのかも知れない。
不安は消えないが、
一緒に歩んでくれる愛する彼がいる。
まず、この事実に目を背けてはいけない。
彼がいなかった世界に戻りたくない余り、
過剰に悩んでいたのかも知れない。
せっかく明日の昼までこうしていられるのに。
ああ。2時間もロスした。
「由貴?また悩んでる?」
「いや、もう大丈夫だ、ありがとう。葵」
少し眠ったら、また彼を抱こう。
愛する人が愛してくれる奇跡を感じながら。
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