僕と君と以外ゆるされない

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「うわ、かわいそう」  そうテレビを見ながら呟く。  どうやら二十代と思しき女性が川で溺死していたらしい。  詳しい状況は分からず、事件性についても現在調査中のよう。 「自殺だったのかな。溺死って一番辛いっていうのにね」  何気なく彼女に声をかけてみるけど、返事がない。もしかして怯えていたり、ショックを受けていたりしているのかな。たしかに、僕たちがこうならない保証はないのだから。 「大丈夫だよ。君の側には、ずっと僕がいるから」  そうだ、僕から君がいなくなることなんて、決してゆるさない。  いっそう心に強く誓いつつ、よしよしと撫でてあげる。けど、やっぱりまだ怯えているよう。どうしようかと頭を悩ませていると、そういえばこの前ホットケーキミックスを買ってきたのを思い出す。 「そうだ、ホットケーキ作ってあげる。ちょっと待っててね」  それから僕はエプロンをし、キッチンに移動する。二人の新居を探すとき、ダイニングキッチンは僕の中では最低条件だった。そしたら、料理中も彼女といっしょにいられるから。  彼女は、あまり料理が得意ではない。まだ付き合いたての頃はたまぁにお弁当を作ってくれたりしたけど、今では僕が料理担当だ。  とはいえ、僕も料理が得意なわけではない。ホットケーキも、裏に書いてある作り方をまねることしかできない。  近くにいる彼女にも目を向けながら、淡々と作っていく。後はトッピングを乗せるだけの段階までいったら、俺は布巾を持ってテーブルを隅々まで拭いていく。それから、トッピングを乗せていく前に。 「ごめん、テーブルふいといてもらって良い?」  と言っておいて、自分の作業を進めていく。とはいえ、チョコソースと生クリーム、さくらんぼを乗せた簡単なもの。あっという間にできて、待ちわびているだろう彼女の下に持っていく。 「お待たせ。ありがと、拭いておいてくれて」  それから僕たちは向かい合って座り、同じパンケーキを食べる。おいしいね、と声をかけフォークを進める。前に、食べる時に何も言わずに黙々と食べるのが不安だと聞いてから、僕は絶対に食べたら何か言うようにしていた。こんなことで、嫌われたくないし。  それからお互い少し黙々と食べる時間が続くと、『携帯会社の通信障害』についてのニュースが耳に入る。  でも、そのことに僕は気づかずにいた。  それは、そもそも家でスマホを使うことがあまりないから。  その日はちょうど休日で、加えて彼女とずっといっしょに過ごしていたから。  そういえば、スマホで誰かと連絡を取ることが極端に減っていた。  彼女といっしょに過ごすようになって、わざわざ使う必要がなくなったからか。僕はあまり他の人から連絡が来ることも、連絡することもなかった。  だからか、最後の通知も彼女から。たしか一番最近にデートした時、彼女が遅刻した時の連絡だった。真面目な彼女だけど、デートではちょくちょく寝坊することがある。まあ、そこも可愛いところだから良いんだけどね。  たしか、最後のデートは河川敷のお祭りだった。夜には花火が上がって、屋台も色々あって楽しかったな。ひと気があまりない川沿いの道も、静かで雰囲気良かったし。  また、行きたいなぁ。  そうぼんやりしていると、いつの間にかホットケーキを食べ終えていた。彼女はというと、だいぶ残していた。彼女は甘いものが好きだけど、かなりの小食。だから最終的に僕が食べてあげるのが、いつもの流れだった。  腹がパンパンになりながらも、食器をキッチンまで持っていく。ゲップが出そうになるけど、喉に力を込めてどうにか堪える。こんなことで、よくない印象をつけたくない。  そのまま食器を洗っていく。先延ばしにしてしまう方が面倒だし。  すると、スマホに通知が一つ来る。何だろう、珍しいな。そう思いスマホを開くと、そこには数少ない友達からの連絡だった。 『あのさ、大丈夫?』 『何が?』  ピーンポーン。  しばらく無視する。  また、スマホ画面を開く。 『何がって、お前、ニュース見てないのかよ』 『もしかして、川で女性が溺れてたニュース?』 『そう。もっかい、ネットニュースで良いから見た方が良い』  僕はそのままネットニュースを開き、川で溺死があった事故について見る。そこには、僕の知っている名前があった。  ピーンポーン。  つっ、面倒くさ。  玄関の方を睨む。  またしばらく放置して、食器を洗い終えてから、スマホを持って文字を打っていく。 『そういうこと。でも、僕には関係ないことだから』 『関係ないって。お前、元カノだからってそれはないだろ』 『元カノ? 何のこと?』 『は?』 『だって、彼女は僕の彼女で、今、僕の目の前にいるんだから』 『……何言ってんだよ』 『同姓同名なだけだろ? とにかく、僕たちの邪魔をしないで』  それだけを打って、僕はスマホの電源を切る。これ以上同じことを聞かれるのも、一々答えるのも面倒だし無駄だった。  せっかく、こうして彼女と二人きりの時間を作れたのだから。  それなのに。  ピーンポーン。  ピーンポーン、ピーンポーン。  うるさい。  ピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーン。 「ああ、もう、うるさいな!」  無視しているのに、何度も、何度も何度もインターホンを鳴らしてくる。  それからもずっと、インターホンは続く。  キッチンを拳でたたきつける。 「うるさい、うるさい、うるさい!」  何度も、何度も、殴り続ける。段々力が籠っていき、洗った皿が振動で一つ落ちる。ジンジンと、手の甲が痺れてくる。  その鈍い痛みでハッとして、僕は両手を背後に回す。こんなことしては、彼女を怯えさせてしまう。僕は、にいっと唇の端と端を上げた。 「ごめんね。ちょっと行ってくるね」  そこにいるであろう彼女に向けて手を振り、早歩きで玄関に向かう。時間がもったいなくて急いでドアを開けると、そこには黒いスーツ姿の男性がずらりと並んでいた。 「すみません、――さんのお宅で間違いないでしょうか」 「はい、そうですが。なんですか? 今忙しいんで、早く済ませて欲しいんですけど」  あからさまに早口で苛立ちを見せながら喋る。けどこの人たちは表情一つ変えず、こっちを見ている。気色悪い。 「そういうわけにはいかないかもしれませんね。今日は――さんに、河川敷での女性の溺死についてお聞きしたいので」  だから、関係ないって言っているのに。  僕は、側にいる彼女の手を引いて走り出した。  でも、しばらく外に出ていなかったから足がもつれて、すぐに掴まってしまった。  こんなことなら、家に引きこもらなければよかった。  いろんな場所に出かけて、たくさんの物を見て。  でも、それだと他のやつらが邪魔なんだよ。  僕の彼女を見て、変なことを考えて、危険な目に合うかもしれない。  そんなの、絶対にゆるせない。  耐えられない。  ああ、もう嫌だ。  消えろ、全部、何もかも。  せっかく、僕たちは一生、二人きりでいられるんだから。  もう、僕たちの時間を奪わないで――  後日、ある男性が逮捕される。  河川敷での女性の殺人致死の容疑で。  防犯カメラや指紋等で充分な証拠があがっている中、彼は依然として容疑を否定しつつげた。 「彼女は突然、おかしくなってしまった。  僕の手から、離れていこうとした。  僕たちは、ずっと、愛し合っているはずなのに。  そんなの、ゆるされるはずがなかった。  彼女が僕の側に居続けるために、彼女の在り方が変わっただけ。  彼女は、こうしてずっと僕の隣にいるのだから」  そして、死刑判決が下っても。 「そっか。でもこれで、本当に僕らはずっといっしょだね」  そう、誰もいない隣に話しかけていたという。  愛おしそうに、屈託のない笑みを浮かべて。
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