許させ屋

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「というわけなんですわ。まぁ私が悪いところもありますよ。でもそんなものじゃないですか? 社会に出れば口約束なんていくらでも破られますよ。日向(ひゅうが)さんもそう思われますよね?」  毎年のように今年は観測史上最大に暑いと言われる夏の暑さも徐々に落ち着きを取り戻しつつある秋口の夜、俺は喫茶店にいた。対面している男はあたかも貫禄の表れですと言わんばかりに出っ張った腹をさすりながらそう言った。その醜態もあいまり、いつもより嫌悪感は増していた。――ええ、そうですね。コーヒーをすすりながら適当に返事をした。  「ただ、あんなに怒られちゃ進む話も進まなくなってしまうので形だけでも謝罪はしたんですよ。でも先方は全然聞き入れてくれなくてね……。もうにっちもさっちもいかなくなって許させ屋である日向さんへ依頼したってとこなんですわ」    俺は『許させ屋』なるものをやっている。何らかの理由で相手と諍いがあり、それを許容される必要がある人達の依頼を受けて相手方へ許しを請いに行くというものだ。それは仕事というよりは趣味に近く、一応成功報酬として金はもらっているが許させ屋としてがっちり稼ぎたいという訳ではない。メインとなる仕事は他に持っているからだ。その為許させ屋としての活動は仕事が終わった後や休日に行うものとなっている。  そもそも俺はこの許させ屋で依頼人の為に動こうという気持ちはさらさらない。ある目的の為に行っていると言ってよい。なので依頼が最終的に成功したのかどうかについては興味がなく、この点から成功報酬獲得の可否はどちらでも良いと考えている。前金として必要経費を受け取り、その後の結果で成功報酬をもらう事にしている。不思議な事に問題の解決はしていないのだが、何故か依頼人の半分程度がのちに成功報酬を振り込んでくる。良く分からないがいただけるものはありがたくいただいている。  今回の依頼は先の発言をいていた福田(ふくだ)という四十代後半の男だった。福田は社内の派閥争いで同期社員にウソをついて陥れたという。自分が派閥内で有利な立ち位置を手に入れる為、同期に対抗派閥へ一緒に鞍替えしないかと持ちかけた。もちろん福田にはそのつもりはなく、一人でも邪魔な人間を排除しようとの行動だった。  しかし、すぐに状況は一転する。同期を追いやった対抗派閥が急速に勢力拡大してきたのだった。福田としてはそちらの派閥へ鞍替えしたいがとっかかりがない。その時キーマンとして浮上してきたのが自分が追いやった同期だった。どうにかその同期をとっかかりにしたいが、一度裏切った手前心証も悪い。そこでどうにか状況を打破する為、許させ屋に依頼してきたとの事だった。    「あいつは純粋なヤツでね。サラリーマンにとってこんな陥れ合いなんてよくあることでしょう? 私の事を信頼していたのに裏切られたなんて甘い事言って……。何度だって利用しますよ。」  「まぁ、そうですね……。真意はどうあれ福田さんの謝罪を同期の東野(ひがしの)さんに誠心誠意お伝えして事がうまく運ぶようにすればいいわけですね?」 「おぉ、話が早くて助かりますわ。うまく言いくるめてくれればいいんです。何卒宜しくお願いします」  話が落ち着き、満足げな表情で福田は喫茶店を出て行った。 「クソが……」  俺はタバコに火を付けて、今聞いた話をまとめたノートに目を落とす。いつものように下らない者の下らない依頼。ほとほと嫌気がさすが、こんな者がいなければ俺が許させ屋をやっている意味もない。そう考えるとそういう人間に自分は生かされているのかとも思え、苛立ちは増していく。その苛立ちをかき消すかのように白い煙を吐き出す。
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