1人が本棚に入れています
本棚に追加
14『今日は数学のテストだ』
泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)
14『今日は数学のテストだ』シグマ
返事をしてから後悔した。
メールだったら即断ってただろう。
大勢で受ける教室の授業でも苦痛なのに、マンツーマンの個人授業なんてあり得ないから。
マンツーマンなんて、地上100メートルの綱渡りみたい、とても踏み出せるもんじゃない。
でも。
先輩の電話は声までωなんだ。先輩の従姉さんという女性に教わることが、なんだか渋谷のスクランブル渡るくらいに気軽に感じる。
先輩の家の構造も幸いした。
普通にリビングとか先輩の部屋だったらどーしようと、先輩の家に着くまでドキドキだった。
この角曲がったら到着という時は、もう手の平がシャレじゃなくてアセビチャだ。
渋谷のスクランブルは再び地上100メートルの綱渡りになった。
でも、通されたのは喫茶店というかスナックというか、お店だった。
「むかしパブとかやってたから、店のまんまなんだ」
パブの意味が分からなかったけど、地上100メートルは体育館の舞台ほどに低くなった。体育館の舞台ならスカートに気を付けてさえいれば飛び降りられる。
「いらっしゃい美子(よしこ)ちゃん。ゆう君の従姉の小松よ、ま、とりあえず座って」
小松さんの口もωだ。体育館の舞台は、さらに机程に低くなった。
―― 美子ちゃんの数学苦手は先生が嫌いだからじゃないかな ――
小松さんの指摘は当たっていた。堂本先生は、今まで習ってきたどの先生よりも苦手だ。
小松さんに教わってみて気が付いた。
「数学は暗記じゃないんだよ、公式や定理が成り立つ理屈を理解しなきゃ、とってもつまらないんだよ」
最初の一時間は二つの公式と定理の説明に費やされた。
「ね、理屈が分かれば親しみやすいでしょ(^ω^)」
堂本先生は逆だ。基礎は理屈抜きで丸暗記して問題の数をこなせとしか言わない。
お昼に美味しいサンドイッチが出た。
サンドイッチが人の名前だということを知ってビックリ!
イギリスのサンドイッチ侯爵が、チェスをしながら食べられるものとして発明したそうだ。
あたしたちも、サンドイッチつまみながらマンガ見たり、思いついて数学の続きやったりになる。
「あたしって、基本的にながら族だから」
アハハと笑いながら小松さん。とても親近感。
サンドイッチが切れたころで、お祖父さんがフライドポテトを作り始めた。
フライドポテトを作るところを始めて見た。
ジュッバーー!
油に投入した瞬間、ジャガイモらしからぬ陽気な音がする。正直びっくり。
ジャガイモが、こんなに饒舌だとは思わなかった。
小松さんも、髪をポニテにし、腕まくりして調理に参加した。
大きなザルにクッキングペーパー布き、ドバっとフライドポテトをぶちまける。
「こんなに大きなお皿使うんですか!?」
60センチほどの大皿にビックリ。
「冷ましてから二度揚げにするんだよ」
みんなで団扇持ってお祭りみたいに扇ぐ、盛り上がって来た。
とうとう高さなんて無くなってしまった(^_^;)。
二度揚げしたのをホチクリ食べながら午後の部。
あんなに嫌だった練習問題が三十分ほどで完了。
勉強だけじゃないだろうけど、人間がやることは環境とか雰囲気がとても大事なんだと実感した。
気が付くとカウンターの中で女の子がフライドポテトをつまんでいる。
「あ、妹の小菊」
先輩の声にペコリとした顔は、あたしと同類の印象だ。
家に帰ってから思った。
先輩は妹の小菊ちゃんを紹介する以外、ほとんど喋らなかった。
あたしが、寛ぎながら勉強できる空気を作ってくれたのは先輩だったんだ。
今朝、学校の昇降口でいっしょになって、そのことを言ってみた。
「基本的に苦手なんだよ女の子ってのは」
「え、あたしもなんですか?」
「あ、いや、それは……」
深く追求しないでお互いの教室に向かった。
「シグマ、なにかあった?」
前の席のアツコが手鏡向けながら言う。
手鏡に映る自分に少し狼狽えた。あたしは笑顔の似合わない女だ。
一時間目は、いよいよ堂本先生の数学のテストだ。
ウソみたいにスラスラと解ける。小松さんのお蔭だ。
二十五分たったところで堂本先生が巡回に来る。
あたしの横に来ると、出来上がって伏せて置いた解答用紙をふんだくられる。
一瞥した後、ピクリと眉を動かし「フン」と鼻息。
「しっかり見直しとけよ」
捨て台詞とともに、ビシャリと解答用紙を置く。
数学が嫌いなのは、堂本先生のこいうところなんだと再認識。
家に帰って『君の名を』を思いっきりやった。
少し気持ちが浄化された。
☆彡 主な登場人物
妻鹿雄一 (オメガ) 高校二年
百地美子 (シグマ) 高校一年
妻鹿小菊 中三 オメガの妹
ノリスケ 高校二年 雄一の数少ない友だち
柊木小松(ひいらぎこまつ) 大学生 オメガの一歳上の従姉
ヨッチャン(田島芳子) 雄一の担任
最初のコメントを投稿しよう!