ダレカノシワザ

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ダレカノシワザ

             【上司】  俺は朝からイライラが取れていなかった。それというのは昨日の夜が原因なのは明白だ。  会社での飲み会があり俺は気が乗らなかったが、社会人の宿命として参加せざるを得なかった。  そこで嫌味を言うと有名な上司に捕まり半ば拘束状態だった。周りも自分が生贄にならずホッとしているのか見て見ぬふりをしている。  気持ちは分かる……。俺だってそうすると思う。  そして、その嫌味上司はくどくどと仕事の嫌味から始まり、勤務態度、性格的な事まで話は及んでいった。  顔では苦笑いを作り繕っていたがいい加減イライラは募っていく。やがてお開きになり解放されたがそのイライラは翌朝になっても消えていなかった。               【娘】  イライラを頭にのさばらせながら朝食の席に着く。対面の席ではスマートフォンを握りながら不機嫌そうにパンをかじる娘がいた。  高校生になった年頃の娘、これも俺にとってはイライラの種だった。何かあればすぐにスマートフォン、勉強や何かに打ち込む事もなくダラダラ過ごしているようにしか見えない。  昨晩のイライラも後押しする形で娘に対するイライラを一気にぶつける。思春期の娘だ、何かと大変な事でもあるのだろう。そう思うと八つ当たりではないかと感じる気持ちもあったが、あえてその気持ちに蓋をした。  娘も顔を紅潮させながら言い返してくる。俺はそれを遮り、朝食の途中だが立ち上がり家を出た。気持ちはまだまだ治らなかった。  外へ出て会社へ向かう途中、脇道にある雑木林に足を踏み入れ頭一杯に膨張しているイライラを吐き出すかのように大声を出した。 「バカヤロー!!」  すると空から一筋の光が差し込み、その言葉を吸いとっていった。  俺は穏やかな気持ちになり、雑木林を抜け出した。              【父】  私は高校2年の女子高生。大人から見たら大した問題じゃない様な事も私達女子高生には大問題だったりする。友達関係、男女関係、進路についてなど悩みは尽きない。  親だってそういった時期を過ごしてきているはずなにちっとも分かってくれない……。頭ごなしに自分の価値観を押しつけて、強い口調で言ってくる。  今日の朝だってそう。友達からひっきりなしに入ってくるLINE。もはや義務だと言ってもいい返信作業。私だってバカバカしいとは思っている面もある、けれどもこれをやらなきゃ自分という存在を今の生活の中で維持する事が出来ないの。  朝食時、父はいきなり声を荒げて私の生活態度に文句を言ってきた。そんなの事は分かっている。私は私なりにちゃんと考えているんだよ。  イライラしながら反論していると父は急に席を立ち家を出て行ってしまった。対戦相手がいなくなり消化不良となった私はイライラを更に増幅させ、席を立ち部屋に戻る。スマートフォンからはLINEの受信音が鳴っていた。               【彼氏】  イライラを保ちつつ登校時間となる。このままではいけないと私は登校中になんとかイライラを心の内に隠す努力をした。教室につく頃には表面上は穏やかないつもの私を演じる事が出来ていた。  その後何気ない一日の学校生活が終わろうとしていた。私は下校の準備をして廊下に出る。  すると彼氏と知らない女子生徒が階段へと並んで歩いているのを発見した。私は朝の一件でのイライラが蘇ってくるのを感じる。  私の彼氏は俗にいうイケメンで女子生徒からの人気もそれなりにある。私は女子生徒からの人気はさほど気にしていなかったが、彼からの猛アプローチもあり交際が始まった。私の方は彼に対してのハードルが低かった事もあり、交際を続けていくうちに徐々に好きな気持ちが大きくなっていった。  そうなると彼氏が女子生徒から人気がある事が気になりだした。彼に近づく女子生徒は多く、彼は良くも悪くもあまり物事を深く考えるタイプではないので自然と仲良くしてしまうのだ。本人としては何も意識せず、普通に接しているのだろうが相手にしてみればときめきを感じてしまうし、私としてはやきもきしてしまう。  そういった面があるので私の蘇ってきたイライラはどんどん増幅されてピークに達する。二人を駆け足で追いかけ、彼氏の制服を掴み強くひっぱり二人だけの空間へと誘導した。  私は朝のイライラをも一緒にぶつけるかの様に文句を言った。彼氏は突然の事だったし、怒っている内容も理解できていないようでオロオロした表情をしていた。しかし、次第に言われのない怒号から次第にイラつきを表情に現してくるようになった。それが私の火に油を注いだ。  私は彼氏を平手打ちしその場から駆け出した。彼氏は追ってこない。気持ちのどこかで理不尽なのかなと感じる気持ちはあったが気にせず駆け抜ける。  校舎裏の開けた場所について私は肩で息をしながら呼吸を整える。次の瞬間、体の奥底から振り絞るように声をあげる。 「バカヤロー!!」  すると雲一つない空から一筋の光が現れ、その感情を吸い取ったかのように感じた。心なしか気持ちが軽くなっていた。                 【彼女】  僕はイライラしながら学校からの帰り道を歩いている。ついさっき、彼女からいわれのない文句を言われてビンタを喰らったのだった……。  僕はただクラスメイトの女子と歩いていただけなのに、それが気に入らなかったのだろうと推測できる。僕と彼女は僕からのアプローチで交際が始まった。交際期間が続いている今ももちろん彼女の事は大好きだ。  それなのにそれが伝わっていないのか、他の女子と普通にしているだけでイライラされる事が最近増えてきた。彼女以外の女子は、友達やただの知り合いである。単純に男友達と接している事と何が違うのだろうと思う。そこが僕と彼女の理解が共通しない所だった。  だからさっきの彼女の文句も最初は良く分からず動揺していたが、言いがかりなんじゃないか? 僕が好きなのは彼女だけなのに、僕を信頼する事が出来ず不安を僕にぶつけているだけではないか? と考えが及ぶようになると僕の頭にイライラとした感情が沸き上がって来た。次の瞬間ビンタされた……。  駆け出す彼女を見て、追いかけようかとも思ったがイライラから――あんな奴知るか!という気持ちが強くなり放っておく事にした。  これは僕が悪いんじゃない……。イライラが頭の先からつま先へと伝播していくのを感じた。僕は部活をサボって家に帰る事にした。             【キャプテン】  その日の夜、野球部のキャプテンから電話がかかって来た。キャプテンと言っても夏が終わり3年生が部活を引退して2年生が新キャプテンになったので、同級生であり僕の友達だった。  電話の理由は分かっていた。僕が部活をサボったからであろう。自分で言うのもなんだけど僕は野球が上手かった。エースで4番――そういわれると漫画の主人公かのような立ち位置かと思われるが、弱小校での事であり僕自身自分がそこまで特別だとは思っていなく、野球が楽しいから続けているといったスタンスでいた。  キャプテンは部活をサボった事に対して文句を言ってきた。やれ、お前はチームの柱なんだからお前がいないと困るだとか、部活内で最上級生なんだから下級生に示しがつかないなど次から次へと言葉が放り込まれてくる。  放課後の彼女との一件のイライラも冷めあらぬ中であったので着火も早かった。僕だって部活をサボったのは悪いと思っている。でもサボりの常習犯という訳ではなく初めてサボったと言ってもいい。それに彼女にいわれのない怒りをぶつけられて部活なんてやれるような状態ではなかった。  そうなると八つ当たりに近い事まで考えてしまう。そもそもキャプテンは野球が下手だった。入部してからこの方ずっとベンチだ。しかし、人望はありその点をみんなから評価されてキャプテンに推された人物なのだ。僕が野球部になくてはならない存在というならば、自分だって何故もっと努力して野球が上手くなるようになろうとしないのか。僕だけを特別に感じる必要がないくらいに……。そもそもそんなに下手くそなキャプテンこそ下級生に示しがつかないではないか。  僕は思いのたけをぶちまけていた。イライラの勢いに乗せて普段思ってもいなかったような事も攻撃の武器として扱ってしまった……。それでも一度燃え上がったイライラは消える治まる事は無かった。  キャプテンは無言になっていた。しかし、電話の向こうで怒りなのか悔しさなのか分からないが何かの感情が沸き上がっている様子は電話口から聞こえる微かな呼吸音で分かった。  僕は電話を切ってベッドに投げ捨てた。いきおいそのままに家を飛び出し近所の公園まで走った。そこで、体を覆いつくしているこの嫌な感情を吐き捨ているように叫んだ。 「バカヤロー!!」  すると月明りから一筋の光が降り注ぎ、僕の吐き出したモノを吸い取っていった。僕はふぅと大きく息を吐いてゆっくりと家に帰った。              【???】  俺の家は代々不思議な事を行っている。おそらく言っても信じてもらえないだろうから詳しくは言わないが、地上の人々の怒りの感情を吸い取って穏やかな気持ちにさせてやる。そんな事を行っている。  ちなみに俺は人間ではない。当然だろう。人間にこんな事が出来るわけがない。  ではなんなのか?  神様と言えば神様だし、悪魔と言えば悪魔だし、宇宙人といえば宇宙人だし……。まぁなんだって構わないんだ。どうせ人間達に何て呼ばれていようとも俺の生活にはあまり関係のない事だし。  どうやって怒りを吸い取るかって? そうだな、人間が怒りのパワーをめい一杯発散した時が働き時だ。でも単純に怒りを発散してもダメだよ。それじゃ独りよがりだし、悪意が強いじゃん?   怒りの中にちょっとした自責の念がある場合だね、そういった場合に俺は仕事をするんだ。その方がこっちの気持ちがいいし、本当はいいやつじゃんって感じで救い甲斐があるしな。  そういった怒りが発散されると光を地上に向けて注いでやるんだ。そうするとその光が怒りを吸い取ってくれるみたいだな。詳しい仕組みは分からないが、そういった仕組みになっているんだ。  親父やじいちゃんは仕事に誇りを持っているみたいだな。二人で酒を飲みながら仕事の話を楽しそうにしているのをよく見るよ。  でも俺はこの仕事が好きじゃないんだ……。俺には本当はやりたい事があるんだ。  親父やじいちゃんはこの家に生まれてきたんだから諦めてこの道で精進しろっていうし、俺は家の為に生まれてきたんじゃねーっての!  あーだんだんイライラしてきた、俺だってこの仕事が楽しい時だってあるよ。この特殊な家の事が大事だって分かる。でもそれだけが俺じゃねんだ! クッソー!  「バカヤロー!!」  叫んでみたものの光はどこからも現れなかった……。
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