停滞

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停滞

 俺は矢作俊太(やはぎしゅんた)、新卒二年目で食品メーカーに勤めるサラリーマンだ。特にこれといった就職先が思い当たらず選考が早く進んでいたこの会社を選んだ。だから、やりがいを感じるわけもなく言われた事をこなすだけの為に会社へ行っているようなものだ。  毎日が同じ日の繰り返しに感じられ、徐々に様々なものに無気力が侵食される。それはプライベートにも侵食し始め、休日も寝ているだけの事が増えた。人間関係にしても、前向きに働いている学生時代の友人達とは徐々に距離を置き始める。 「俊太最近どうだ? 俺はな――」  そんな台詞を吐き出す彼らをみていると自分という存在の惨めさが浮き彫りになってくるようで居心地が悪かった。ただただ毎日を消化していく事に苛立ちは覚えてもそれ以上には何も出来なかった。  ある夏の日の事だった。梅雨も明け、一気に本気を出してきた暑さに辟易とするような7月の頭。 「俊太! 久々だな!」  電車が徐々に地元に差し掛かってきた辺りでふいに声を掛けられる。高校時代の友人の藤田(ふじた)だった。 「俊太は仕事大変か? 食品メーカーだっけか? 俺の方は残業ばっかで今日は久々に定時上がりだよ」 「こっちも残業ばっかで家と職場の往復だけだよ」 「確かに毎日へとへとだな。でも週末に大学時代の仲間とフットサルをやっててさ、仕事で疲れているはずなのにやっぱ好きな事だと動けちゃうんだよな。いい気分転換になってるよ」 「週末まで体動かしてるのかよ。俺には考えられんな。週末は大体寝てるよ」 「そういえばお前、音楽やってないのか? 高校の時あんなに熱心にやってただろ?」 「大学出てからはやってないなぁ。バンドのメンバーも仕事が忙しそうで徐々に予定合わせにくくなってな」 「そうなのか……。なんかもったいねぇな。俺はお前の音楽好きだったけどな! おっ、んじゃ俺降りるわ。またな!」  高校大学と軽音楽部でボーカルを担当していた。文化祭やイベントなどでライブを行い、日々充実していた時代だ。藤田の言葉によって思い出された記憶。今の俺には到底感じる事の出来ない充実感。そんな時代を今は苦々しくさえ感じてしまう。その苦さを自宅へ持ち帰りたくなく、下車駅を通り過ぎ終点まで電車に乗っていた。着いた駅は海が近くにある駅だ。  海岸へ出て階段上の防波堤に腰掛け海を眺める。夜の海は群青色をしており、眺めていると吸い込まれそうな雰囲気がある。若者たちが騒いでいたが、それすら頭から抜けてしまいそうな程の深閑さがある。心に芽生えた苦々しさを吸い込んでもらおうとするように眺め続ける。 「……ですか?」  どれくらいその場にいたのだろう。それもあやふやになりそうな程ぼうっと海をみていた。そこへ誰かからの問いかけにより意識がつながれる。 「えっ!?」 「あの……、帽子をとってもらってもいいですか?」 「帽子?」  声の主は黙ってにっこりしながら俺の足元を指さす。風で飛ばされたのか俺の足にキャップが寄りかかるようにくっついていた。 「あぁ、これですね? すいません。ぼうっとしていたもので気付きませんで」  そう言って足元のキャップを拾い上げ声の主の方へその手を向ける。それは女性だった。黒髪のショートカット、Tシャツにジーンズというラフな格好だった。 「こちらこそすみません。急に風で飛ばされてしまって……。貴方の足にひっかからなかったら海の中でした。ありがとうございます」 「いやいや、俺はただここにいただけで何もしていませんよ……」 「ふふふ、そこにいてくれた事にありがとうなんです」  帽子を受け取る為に近づいてきた女性はその表情に悪戯な笑みを携えていた。どこかで会った事があるような人懐っこい顔立ちにその笑みがひどくマッチしていて、ついつい言葉が崩れてしまう。 「そこにいてくれた事にってなかなか面白い言い方だね」 「お気に入りの帽子なんです。海に入ってしまったら取りにいけませんよ。私泳げないので……」 「だったら俺がここにいて良かったね! 俺も泳げないから海に入っちゃったら2人で見てるしかなかったね」  そこで俺らは2人で声を出して笑った。声を出して笑うなんて久々だった。ましてや見ず知らずの人と短い会話で笑い合うなんていうのはまずなかった。これは夏の夜という独特の空気感がなせる技なのだろうか。 「ははは、それはそうとこんな所で何やっているんですか?」 「はは、あぁ……。別に何もしてないよ。ただ海を見ていただけ」 「……。じゃ私と一緒ですね」 「君も?」 「私、嫌な事があると海を見に来るんです。海って全てを受け入れてくれそうな気がして……」 「受け入れてくれるか……」  確かに、俺も苦々しいものを吸いとってもらおうと海をじっと見ていた。若干ニュアンスは違うが海が人の心を楽にしてくれると考えているのは似ている。 「まぁ、夜に一人で海に来ているヤツは大体似たようなもんだね」 「……確かに! じゃ私たちは同志ですね!」 「同志って……。何か暗い同志だなぁ……。まぁでもそんな所か!」  そして、両手を上にあげ伸びをするようにして言った。 「お兄さん、嫌な気持ちは消えました? なら早く帰った方がいいですよ。夏の夜は短いんで!」 「そうだね。明日も仕事だし……。そっちも早く帰んなよ。じゃ」  彼女に見送られ駅への道を歩きだす。心なしか来た時より心が軽くなっているような気がした。海が心の重さを吸いとってくれたのか、それもと不思議な女性と出会ったからなのか。それはどちらなのか分からない。  数日後、仕事で上司から叱責された。どうやら俺の勤務態度が受け身すぎるらしかった。もっと能動的に動かなくてはならないとの事だが、与えられた業務はしっかりこなしているのだし、何か問題があるのかという気持ちだった。  そうはいっても、人から叱責された事には気持ちが落ち込み、俺は電車を乗り過ごし例の海岸へ向かった。海岸では先日の彼女が防波堤に座って海を見ていた。 「こんばんは。また嫌な事でもあったの?」 「……あぁ。こないだの……そちらこそ何かあったんですか?」 「俺は矢作、矢作俊太。なんとなく来ただけだよ」 「矢作さん……。私は三島有紀(みしまゆき)、私もなんとなく来ていただけです」 「隣いいかな?」  俺は彼女の隣りを目で指して聞いた。彼女は何も答えずににっこりとうなずいた。距離を少し取り隣に腰掛けた。 「この海岸によく来るの?」 「そうですね……よく来る方ですかね。あっ、嫌な事が頻繁にあるって意味ではないですよ。気がついたら来ちゃってるみたいな感じです」 「それもそれで少しヤバイね」 「えぇーっ、そんな事ないですよ! 矢作さんだって来てるじゃないですか?」 「まぁ、こっちは色々あってね……」  自分の今の状況を諦めているものの、やはり後ろめたさはある。前向きに物事を考えて前進していく。それが理想的であるとは理解している。しかし、今は真逆の状態――いわば停滞している状態だろう。分かっているが何も変える事が出来ない。そんな状態が情けなく、言葉を濁した。 「何かあったみたいですね。私で良かったら話聞きますよ? 私たち同志じゃないですか!」  同志、先日の会話を覚えていたのだろう。彼女はまた悪戯な笑顔で言った。俺の事情なんて話してもしょうがないという気持ちと、話す事でもしかしたら何かが打破されるかもしれないといった気持ちで逡巡していると有紀が更に言った。 「会って数回の女にいきなりそんな話いいにくいですかね? じゃ、ちょっと私の事を話しましょうか……」 「えっ……」  隣に座っていた有紀は体を俺の方へ向け顔を正対させる。 「私には夢があって、その為に努力を惜しまず頑張ってきました。でも、その夢は潰えてしまった。その事実を受け入れる事が出来ず全てを投げ捨てちゃったんです。それをすごく後悔していて、でももうどうする事も出来ない……そして気が付いたら海に来ていました」 「海は全てを受け入れてくれるっていってたよな……」 「そう……そんな時に矢作さんを見つけて、なんだか思い詰めている様に見えたんで帽子を飛ばしてみたんです。私の後悔はもうどうにもならないけど、もしかしたらこの人はまだ間に合うかもしれないって思って……」 「あの帽子はわざとだったの? 俺に気遣って話しかけるきっかけを作ってくれたのか……」 「へへへ、そうなんです! ちょっと気持ち悪いですよね、こんなの……」 「いや、そんな事はないよ……ありがとう」  見ず知らずの俺の事をここまで考えてくれている事が嬉しかった。俺の事を気にする人なんていないと思っていた。日々同じことを繰り返し、はたから見たら空気みたいな存在なのだと感じていた。彼女はそんな俺を見て心配して話しかけてくれた。自分の存在を誰かが意識してくれていると思える事が嬉しかったのだ。  そして俺は彼女に自分が今とても不甲斐ない状態になっている事、でもそれを変える気力もない事、ただただ毎日を消化しているだけな事を話した。単なる愚痴や言い訳にしかならない言葉の塊だったが、一つ一つ相槌を打ち聞いてくれてた。   「あ、もうこんな時間だ。ごめん、気付かず俺の事ばかり話してしまって」 「いえ、大丈夫です。矢作さんが少しでも気が楽になってくれるなら……ただ、もう夜も遅いし帰った方がいいんじゃないですか?」 「夏の夜は短いから?」 「そうです! あっという間に朝になっちゃいますから!」 「そうだね、そっちも気を付けて……あのっ!」 「私はいつでもここにいますよ。また暗い気持ちになった来てくださいね!」  俺の言いたい事が分かっていたのか、先回りしたようないい口だった。この海岸へ来た時より心の重荷は軽くなっていた。帰りしなに俺は手を挙げ手を振った。彼女もそうしてくれた。気持ちが穏やかになっていく。俺は一人じゃない……。  私は毎日を意味なく過ごしていた。学校に行き、授業を受け、友達と話をし、けれどもそこには特に感情はなく流れでそうしているだけだ。そうしなくても良い流れであればそうするであろう。特にこれといった夢もなく漫然と過ごすだけ。  そんな毎日が一変したのは高校一年の文化祭だった。体育館近く歩いていると周りの女子がキャーキャー言いながら体育館に駆け足で入っていく様を見て、何気なく足を踏み入れただけだった。  館内ではライブが行われており、その時ステージ上で声を張り上げている男性に私は目が釘付けになる。歌声を誰かに届けようという気持ちがしっかりと感じられ、私はその一言一言を必死にかき集めた。私の為に歌ってくれているのではないかと錯覚するくらい聞き入ってしまった。演奏が終わり館内に歓声が響き渡る。この反応を見るにみんなが私と同じような感覚なのではないかと感じられ、私もいつしかその歓声の一部となっていた。  男性はこの高校の三年生の矢作俊太といい、彼の歌声を聞き、あの歓声を聞き、自分の中に一つの光が宿るのを感じた。 ――私もあの人のように、誰かの何かのきっかけになるような歌を届けたい!  この思いの為に前進したい。何もやらなければ何も変わらない。そう思えたのも彼の歌声を聞いたからであろう。まずは独学で勉強した。バイトも始め、ボイストレーニングのレッスンを受けるお金も稼いだ。全ては彼のように歌声を届けたい。その一心だった。  そして大学進学を機に軽音楽部へ所属し同級生とバンドを組んだ。わずかながらにもファンと言ってくれる人達も出来た。そんなある日、なんとライブで彼のバンドと同じステージに立つ日が訪れたのだ。私たちの次が彼のバンドとなり、私たちが演奏を終え袖に引き返す際声を掛けられた。 「いい歌声だね! 君名前は?」 「あ……、え……、YuKi(ユーキ)といいます。あの、私矢作さんの――」 「――YuKi! また会えるといいなっ! 君の歌に感動したからこれあげるよ! じゃ!」  そういうと、彼は自分の被っていたキャップを私の頭にポンッと乗せ、足早に歓声の中へ消えていった。私は舞い上がっていた。あの矢作さんが私の歌声を褒めてくれた。その事が更に私を発奮させたのだった。しかし、その頃から徐々に喉に違和感を感じていたが歌い続けていった。唐突に終わりが訪れた。感じていた違和感を無視して歌い続けた事が原因で会話は出来るものの、かつての歌声は出なくなってしまった。  高校時代に彼の歌声を聞いて以来、歌は私の全てだった。漫然とした日々から抜け出させてくれた希望の光だったのだ。  その光を取り上げられ、私は失意の中海岸へ向かった。海岸で海を見ていると不意に強風に煽られ被っていた帽子が海の方へ飛ばされる。それを追いかけ海へ入った。帽子に誘導されたのか、帽子を誘導したのかは私には分からない。結果として私は海へとどんどん分け入っていつしか帽子を追い越していたが、それでも前へ進んでいった。  私は夜の海岸にいた。命が助かってしまったのかとも思ったが、海岸が白んでいくと私の意識も薄まり、また夜と共に意識が戻る。状況から見てもやはり私は死んでしまったのだろう。  海に分け入った時には感じられなかったが、夜になり姿を現し朝方消えてしまう事を繰り返していくうちに徐々に後悔が芽生えてきた。死んでしまえば何もかもが前に進まず停滞してしまう。生きてさえすればわずかばかりでも前進でき、もう一度歌えるようになったかもしれない。そう考えると後悔が増長していく。 ――私はなんて事をしてしまったのだろう……。  そんな時だった。海岸に見知った顔を見つけたのは。矢作さんとは自らできっかけを作り話しかけてみた。彼は私の知る当時とは違い、現在はただただ漫然と過ごしているようだった。そんな彼を励ましたくて――私に希望を与えてくれた以前の彼に戻るように、その苦しみを吸いとってあげられるように、彼の話を聞いていった。  徐々に彼は生き生きとしだし、会話が前向きなものへと変容していった。しかし、そうなるにつれ、私が海岸へ意識を戻す回数は減っていった。それはおそらく私のこの世でも存在意義は彼を励ます事になっているからだろう。私が励まし生き生きしていくにつれ、私の存在意義はなくなってしまう。その反比例が悲しく、受け入れがたい事だが自ら命を投げ出した私にはそれがある意味罰なのであろう。  ただ気がかりなのは、彼は私を生きる糧としているであろう事だ。どこか嬉しい気持ちもあるが、この状況は私が音楽と出会った時に似ている。それさえあればがんばる事が出来るが、一転無くなってしまえば絶望が訪れる。そんな気がしていた。  三島さんとはこの夏の間何度もあの海岸で会い、話をしてきた。不思議と海岸でしか会う事は無かったが、それでも良かった。夏の夜の短い時間だけだったが、俺に光を与えてくれる時間だった。  しかし、夏も中盤に差しかかったある日から、彼女があの海岸に姿を表す日が少なくなってきた。俺たちは恋人ではないので、その理由を詮索する事は憚られた。  彼女に会えない日が続いていく内に、心に差し込んでいた光が失われる感覚があった。一度浮上していた気持ちを落とされる事で今まで以上に無意味な毎日のように感じてしまう。 ――三島さんにもう一度会いたい。もう一度……。  その思いに駆られ海岸にも何度も足を運んだ。そして、何度も彼女のいない海岸で時を過ごした。  その日も海岸へ向かい海を眺めつつ彼女が現れるのを待っていた。 「俊太?」  誰かに声を掛けられ、振り返るとそこには高校の同級生の藤田がいた。 「やっぱり俊太だ。お前こんな所で何ぼんやり海なんか見てんだよ。大丈夫か?」 「なんだっていいだろ……。お前こそなんだよ?」 「こないだ言ってたフットサルのメンバーと打ち上げだよ。そうしたら防波堤にお前っぽいヤツがいたから近づいてみたんだよ」 「そうか、なら早く戻れよ……」 「いやいや、お前かなりヤバイぞ。今にも海に飛び込みそうな雰囲気でてるし。何ヶ月か前にこの海で入水自殺があったし。何でも若い女性みたいだぜ。バンドやってて声が出なくなったから死んじまったんだとか――」    藤田が去った後も自殺した女性が気になっていた。バンドを組んでいたというかつての自分との共通点があったからだろう。スマホでこの海岸での自殺の記事を調べてみた。 『自殺した女性は同市に住む三島有紀さん――』  名前を見た瞬間それ以降の文字は頭に入ってこなかった。その名前はこの海岸に現れるのを待ちわびている女性と同じ名前だった。考えてみれば不可解な点もあった。彼女とは夜のこの海岸でしかあった事は無かったし、いつも俺の方が海岸を先に出てくので彼女がどこへ帰っているのかも分からなかった。 ――彼女はここで自殺をして、俺が見ていたのは幽霊だったという事か!?  その事に驚きの感情はあったが、俺にとってはさほど重要な事ではなかった。生きていようが死んでいようが彼女との時間は掛け替えのないものだった。その事が変わる事はない。 ――幽霊でもいい!もう一度彼女に会いたい!  その思いを胸に俺は海を見続けた。しかし、彼女が現れる事はなく時間だけが過ぎていく。海岸で盛り上がっている若者たちも引き上げていき、砂浜には繰り返し打ち寄せる波の音だけが残されていた。次第に空が白んでくる。彼女が言っていたように夏の夜は短い、夜明けが早く訪れる。夜が明けてしまえば彼女は姿を現さないだろう。結局彼女は現れず、朝の光に目をしばたたかせながら砂浜を見回す。太陽により辺りが見やすくなり、砂浜に何かが落ちている事に気が付いた。その落ちている物が何かに気付いた瞬間俺は駆け出してた。夜通し座っていた体はうまく反応せず、何度も砂に足を取られながらもその物にたどり着いた。それはキャップだった。  キャップを拾い上げると、その下に音楽プレイヤーが置いてあった。俺は何も考えずにそのプレイヤーを再生した。そのプレイヤーからはかつて俺がバンド活動で良く歌っていたお気に入りのオリジナルソングが流れてきた。しかし、歌っているのは俺ではなかった。どこか聞き覚えのあるその歌声は彼女のものだろうと感じた。それと同時に大学時代、あるライブで聞いた歌声を思い出してもいた。それはすごく素敵な歌声だった。 ――あの時の女性ボーカル、名前は確か『YuKi』……。あれは三島さんだったのか……。  プレイヤーから音楽が途切れた。そしてしばらくの無音の後言葉が語り掛けてきた。 『矢作さん! 驚いたでしょ? 実は私はあなたの歌声に救われました。何もない私に音楽という生きる糧を授けてくれました。今は死んでしまってすごく後悔しているけれど、それまでの私はすごく幸せでした。貴方が私を救ってくれたように多くの人に希望を与えてあげたかった。でもそれは叶わぬ夢となっちゃいました……。だけど、今の私には貴方を救う事が出来る! 今度は私が作ったオリジナルソングを歌います。私のありったけの思いを歌に乗せて届けます! ちゃんと受け取って下さいね。貴方は人に希望を与える事が出来る人です! だから……自分には何も出来ないなんて立ち止まらないで! 少しづつでもいいから前進していって! それでは歌います!――――――』  人はそう簡単に変われない。昔の人はよく言ったものだ。その言葉通り相変わらずの日々を過ごしている。  海岸で聞いた音楽プレイヤーからはもう何も聞こえない。記録されている音声データがないからだ。でも俺の中では三島さんの歌声と言葉はしっかりと残っていた。こんな俺でも誰かの人生に役立つ事が出来た事を知った。そしてきっかけがあれば人は変わる事が出来るという事も……。  実は最近バンドメンバーを集めようと考え始めていた。まだまだ一歩も前へは進めていないが、俺は昔の人が言っていた事に抗っていこうと思う。  人は変わる事が出来る。そして俺も変わる事が出来る……。  YuKiの歌によって……。                                  (了)
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