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《悲哀のシズカ》
不快な鼾で目を覚ました朝、常に笑顔の「シズカ」ではない、素の「あたし」が苛立ちを滲ませた。
未だ酔いの抜けきらないあたしの隣で寝ているのは、見るからにキモイ、小太り禿頭のじいさんだ。
どう頑張ってもモテないだろうコイツに、あたしは昨夜抱かれた。昨夜だけじゃない。コイツには、合計で四度抱かれた。
枕営業なんてみんなやってる。水の仕事をしていれば、かなりの数の女がやっている。そう思い込んで、ぐっと飲み込んで、あたしは自ら身体を開いた。でも、『桜霞』のキャストたちを見ていると、てめえらみんな清純かよって言いたいぐらい真面目な子が多かった。
特にナンバーワンのアヤカと、ナンバー3のエリーが気に入らない。
あいつらの接客は確かに上手い。ルックスだって飛び抜けたものがある。整形・豊胸してんじゃねえのって思ったけど、あの二人はナチュラルだった。ナチュラルであのルックスだった。そしてあの二人には極太の客が何人もついている。あたしがいくら枕営業で客を囲い込んでも、それ以上に太い客を獲得してしまう。そのくせあいつらは客と寝たりしない。あたしみたいに、身体で客を惹きつけたりしないんだ。
現在、売上ではアヤカが、本指名の数ではエリーがナンバーワンの座にある。枕営業により、あたしはかろうじてナンバー2を保っているけど、そんなもんは薄氷の上を渡る薄着の旅人みたいなもんで、特にエリーには抜かれる未来しか想像できない。アヤカに至ってはまったく勝てる気がしない。
あたしは忌々しくなって、煙草に火をつけた。
ふーっと煙を吐き出ながら、隣のキモじじいをじぃと眺める。
あたしが抱かれたいのはこんなじじいじゃない。あたしが本当に抱かれたいのは幕谷さんだ。
『桜霞』の店長を務める彼に認められたい。あの人をあたしに惚れさせたい。それなのに彼が目をかけているのはアヤカとエリーの二人だけ。いくら頑張っても、彼はあたしに優しい言葉をかけてくれない。非常に事務的な、二位の表彰ぐらいしかしてくれない。
あたしが素直に受け取っていないからいけないのか。
幕谷さんは、ナンバー入りしていない女にも優しい。彼はおそらくキャスト全員を平等に扱おうとしているんだろう。でも、あたしにだけ冷たく感じるのは何故だ。あたしに後ろめたいことがあるからか。まさか、裏引きがバレている? いや、あたしは上手くやってるはずだ。店にだって金を落とさせている。裏引きだって、やってる女は他にもいるだろう。
(※1 裏引きとは、キャストが店の外で直接金品を受け取ること。店の売上にならないので、固く禁止されている行為。)
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