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《揺蕩のシズカ》
また、噎せるような喉の渇きで目を覚ました。
ああ、何だか瞼が重く、頭がガンガンする……。
首を振って周囲を見ると、ベッドサイドのテーブルに、ペットボトルの水が置かれていた。それを手に取り、キャップを外そうとしたら、やや固い抵抗感があった。──どうやらこの水は、未開封のようだ。
迷わずキャップを取り去り、くいっと喉に流し飲む。店で出すワイン程度には冷えていて、渇きと熱りが拭われていく。
ふう、と息をつき、少しずつ、今いる部屋を確認した。ここはホテル……ではない。調度品は木目調で、わりと高級なものと思われる。でも、デスクの上は書類で散らかり、ソファには雑巾みたいに折れたスーツのジャケットが脱ぎ捨てられている。
どうせまた客と寝たんだろう。あたしの感覚は極端に鈍っていた。避妊さえしてくれれば、別にどうだっていい。今さら純情ぶる必要もないんだし、多くの男が言うように、別に身体は減るもんでもない。寝ることで客を呼べるんなら、悪いことだとも思わない。
とりあえず、服を着るか、と思い、右手で自分の肌に触れた。
瞬間、エッと思った。
あたしは服を着ていた。昨夜アフターに行った際に着ていた服だ。下着もチェックしてみると、脱がされた感じがまるでしない。下腹部を触ってみても、誰かと交わったらしき違和感がない。着衣のまましたがる男もいるけど、髪形も崩れていないし、ブラに対しての胸の収まりもいい。とすると、あたしは昨夜、誰とも寝ていないってことか?
もう一度、部屋を確認する。やはり見たことがない部屋だ。カーテン、テーブル、ベッド、オーディオ、置かれている小物や芳香剤、すべてが黒で、木目調の家具と相性がいい。きっとこの部屋の持ち主は、良いセンスをしているんだろう。年収にして、六百万から七百万あたりだろうか。脱ぎ捨てられているジャケットは既製品だ。かけるところにお金をかけて、そうでないと判断したところにはお金をかけない性格の人なんだろう。
ペットボトルを持ちながら、デスクに近づいた。確認するように散らかった書類を眺める。中学受験用のデータやテスト問題が印字されている。教師か、塾の講師か、家庭教師か、そんなところかも知れない。学生でないと思えるのは、スーツのくたびれ具合だ。就活程度ではここまでへたらない。日常的にスーツを着ていて、作業着や制服等のない仕事の男だと思った。
あたしは昨夜、誰といたっけ。確か、鈴島さんとアフターに行ったはずだけど、あの人はホームセンターで課長をやっていて、いつも制服を着ていると言っていた。それに鈴島さんのセンスがここまで良いとは思えない。──思い出せない。アフターで何かあったのか。
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