タイムカプセル

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  「ただいまー」 「お帰りなさい!」  ふと思う。自分が出て行ったら父ちゃんは誰相手に『ただいま』を言うのか。もうそこには自分はいないのだ……  和愛は泣き出してしまった。 「ど、どうした、なにかあったか? あ、花月だな! 何された!」  父ちゃんの剣幕に逆に笑ってしまった。涙を零しながらも「ばか」と答える。 「ばかってなんだよ、心配してんのに」 「……ごめんね」  訳を言おうかと思ったが止めた。そんなことを言ったら父ちゃんはきっとおどけてみせる。 『お前なんかいなくたって寂しくなんかないぞ』  そんなことを言わせたくない。 「なんでもないの、さっき見たテレビドラマのせい」 「乙女だねぇ、そんなもんで泣くなんて」  からかわれたが、そういうことにしてしまった。 「ね、段ボールの中」 「処分するものばっかだろ、俺そんな暇無かったからさ、なんでもかんでも段ボールに突っ込んじゃったんだよな」  嘘だと分かる。丁寧に折り畳んであった入学式に着た服。ラミネート加工されていた七夕の短冊。まだ小さかったから拙い字で『算数で一番になりますように』なんて書いてあった。 「新居に持ってくもんだけ避けとけよ。後は父ちゃんが処分しとくから」  きっと父ちゃんは処分などしない、それが分かってる。きっと父ちゃんにはどれもこれも宝物なのだ。 「あのね、このノートのこと知りたかったの」 「ノート?」 「これ、父ちゃんと花おじちゃんの字でしょ?」  ネクタイを緩めた父ちゃんが椅子に座った。 「どれどれ…………あああ!」 「なに!?」 「これ、どこにあった!?」 「どこって、ノートとか教科書が入った段ボールの一番端っこ」 「そうか、そんなとこにあったのか」 「いったい何なの?」  父ちゃんはふふっと笑った。 「タイムカプセルだ」 「タイムカプセル? ノートが?」 「そ! もう……8年くらい前になるか……花と酔っ払ってさ、子どもたちが将来何になるかって考えて書いたんだよ。あいつも俺も当たると思ってたんだけどなぁ」  父ちゃんの書いた『和愛』の欄に、「なんでもいい、幸せになれば」とある。……涙を誘う、その心に。だからわざとそこを飛ばした。 「花月の、『哲学者』っていうのはまだいいけど、花おじさんの『チベットの修行僧』ってひどい!」  哲平が笑う。 「あの頃の花月は迷走してたからな、何になってもおかしくなかったよ」 「そうかなぁ」 「ひどいな、これ! 穂高は俺も花も組長にしてる!」 「ホントだ! 当たると思ってた?」 「思ってた、確信してた」  今穂高は情報工学を専攻している。これは親の影響でもある。だが父の会社には絶対に入らないと言っている。 「椿紗ちゃんと有くんは固いって思ってたんだね」 「親が固いからな。有が写真に行くとは思ってもいなかったよ」 「写真撮るって、将来大丈夫なのかな」 「さぁな、あそこは揉めると思うよ。花音が画家になるってのも予想外だった」 「そうだね、私も想像も出来なかった」  あれこれと一覧表を見て話に花が咲く。 「今度花に見せなくちゃな、タイプカプセル覚えてるかって」 「花おじちゃんなら忘れないって思う。しっかりしてるもん」 「俺は?」 「父ちゃんは……」 「おい! 俺もしっかりしてるぞ!」  父ちゃんの書いた一番上の文字を人差し指でなぞる。また涙が落ちて来る。 「和愛?」 「父ちゃん。この中で一つだけ当たってるよ」 「ん?」 「ここ。私……うんと幸せだよ。父ちゃんと花月のお陰でうんと幸せなの。世界で一番大事な人たちが幸せにしてくれる……ありがとう、父ちゃん」  父ちゃんの大きな背中にしがみついた。ワイシャツが濡れていく。その手を父ちゃんが肩越しに掴んだ。 「そうだな。一番当たってほしいもんが当たったよ。父ちゃんも幸せだ」  このノートは父ちゃんのところに置いていくことにした。きっといつまでも大切にしてくれるだろうから。   (花月と花音の初恋物語「子どもたちあれこれ-2(親の夢)」から)  
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