212人が本棚に入れています
本棚に追加
『走る』ということをよく分かっている陸上をやっていた面々にはこの第3グループの勝負からは目が離せない。特に花、中山、リオ。ジェイの目が蓮に吸い付いているのは当然のことだ。
澤田の手が上がる。
蓮の目はゴールだけを見ている。頭の中はただ静かにピストルの音を待ち受ける。久しぶりのいい緊張感が体に走っていた。
哲平は障害があってこその走りだ。浜田は誰も知らないがどちらかというとスポーツには抵抗が無い男。そして木内。走ることが好きだ。さらに数合わせだがそれなりに走れる新人。誰が勝っても不思議じゃない。
ピストルが鳴った。体に染みついた習性。日頃の練習成果。それが蓮を突き動かしていた。周りなど見えない、何も聞こえない。この走りの中に浸っていたい。若い頃のあの思いが心に溢れて来る、前へ、前へ!
気づけば勝負はついていた。
蓮、哲平、木内、浜田、新人。哲平が痛いほど背中を叩いてくる。
「すげ! 俺、負けた、すげ!」
「痛い、哲平、痛い!」
花もリオも中山もジェイも蓮の周りに群がる。もう誰がなにを言っているかも分からない。
全般的に言うなら、このグループのスピードは前の2グループよりも劣る。だが問題はそこじゃない。蓮が思う存分力を発揮して走り切ったという事実がみんなを興奮させている。
「すごいな……フォームきれいでしたよ、無駄が無くって」
中山が感嘆する。花は感動しているし、ジェイは言うまでもない。第3グループで実際に走った連中にもそのすごさが伝わっている。
「すごいや、河野さんに追いつけなかったなんてちょっとショック」
浜田だ。すぐに花にパカンと頭をどつかれた。木内にしても口にすれば怒られそうだが、はるかに年が離れている蓮に届かなかったことに少なからずのショックを覚えている。
計測をしていた5人のメンバーから集計表が澤田に手渡された。
「お待たせしました! タイムの結果と順位を発表します!」
一息つく。周りが静かになっていく。
「一位、宗田花! タイムは12.46秒。二位ジェローム・シェパード、12.56秒。三位、浅川翔太12.59秒。四位、館野満13.35秒。五位、河野蓮司14.01秒。六位、宇野哲平14.17秒! 以上です! 選手にどうぞ拍手を!」
「お前のせいで肩が痛い」
花の足のマッサージを受けながら蓮が文句を言う。背中は哲平が勢いよく何度も叩いたせいで真っ赤だ。
蓮の元には昼食の差し入れが山ほど来ている。真理恵、ありさたちファミリーの会からの弁当の他にも「良かったらどうぞ」と食べ切れないほどの量が蓮の前にある。本当なら花のところで食べるはずの哲平、ジェイをそばに呼んだ。
「食ってくれ、俺はこんなには食えん」
「モテモテじゃないですか! 横取りしちゃ申し訳ない」
哲平がにやにや笑う。
「うるさい、いいから食え」
他にも独身者がいる。その連中も呼んだ。
「それじゃ逆に足んないでしょ」
と、花が自分のところから運んできた。弁当だけでは足りない達夫や完、若いもんたちが喜ぶ。
「食い過ぎると午後が大変だぞ」
蓮が先輩らしいアドバイスをしたが、どうせ自分たちが当てにされるとは思っていないから気にしない。
「俺たち、リレーもアンカーってわけじゃないし」
男性は強制参加で4チームに分かれて走る。アンカーや走る順番に修正が入るという連絡が澤田から来て、蓮は戦々恐々としている。いくらなんでももう渾身の力では走れない。本当は棄権したい。
最初のコメントを投稿しよう!