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宝物
「こんにちは」
「お邪魔いたします」
春のひと時、まさなりさんとゆめさんは今三途川本家を訪ねている。玄関まで出迎えたのは親父っさん、ご本人。この二人ばかりは自分から出迎えなくちゃならない。
「よく来なすった! さ、奥に用意してあるんで入ってください」
「はい」
穏やかな笑顔を二人が浮かべる。今日は親父っさんが昼食に宗田夫妻を招待した。まさなりさん宅に滞在しているAnnaも一緒だ。
座敷に入り、見事な畳に目を見張る。親父っさんは全ての襖を取っ払っていた。広々とした和室は新しい畳の香りを漂わせている。
「私はこの香りがすっかり好きになりました」
ゆめさんが嬉しそうに言う。
「三途川さんのところの和室が良かったとAnnaに聞いて、私も二階に和室を作りましたよ。実にいいものですね」
相変わらずのまさなりさんの飛びっぷりに、親父っさんも感心する……というか、呆れる。ちらりと「良かった」と聞いて自宅を2室潰して改装できるものなのだろうか。その感覚が飛んでいるのだ。
広がる料理は全て和食料理だ。鯛のお頭つきに始まり、ほんまぐろの刺身。伊勢海老の酒蒸し。四季を取り込んだ懐石料理。舌の肥えているまさなりさん夫妻に最高のものを用意したい一心だ。
「美味しい!」
そんな言葉がゆめさんから出るともうそれだけで親父っさんは天にも昇る気持ちだ。
食事を終えてお茶を出す。
「いいですね、このお茶は美味しい! 料理が引き締まります」
「そう言ってもらえて俺ぁ嬉しい!」
Annaも日本の料理に感激している。まさなりさんに連れられて各地を回ったが、この食事が一番美味しかった。
食前酒として出した酒がほんのりと残っている。女将さんも加わって談笑が始まる。
「今度の我が家のパーティーには是非女将さんも!」
女将さんを好きになったゆめさんが是非にと懇願する。
「おいでになってください。私たち、精いっぱいのおもてなしをしますから」
夫妻のたっての頼みで、女将さんも宗田本家を訪問する約束をさせられた。女将さんはすっかり気さくなまさなりさんたちの虜になっている。偉ぶっていない、慎ましやかだ。心からかけてくれる言葉が真実だと分かる。
「こんな人たちがいるんだねぇ」
親父っさんも女将さんに頷く。
「この人たちには嘘がねぇんだ。どの言葉もほんもんなんだよ」
親父っさんと女将さんは三人を散歩に誘った。庭を散策し、そのまま表に出て行く。この辺りには大したものはない。けれどどうしても連れて行きたいところがある。神社だ。
神主は親父っさんの幼馴染、中埜寿生。もう貫禄も出て、立派な神主として神社を取りまとめている。
ここの桜が見事なのだ。本数にしては5本ばかり。だがその中の一本が大樹だ。
「これは……」
「なんて見事な」
趣のある神社と桜の組み合わせにまさなりさん夫妻とAnnaが目を奪われている。
「ここの神主がありさの名前を決めてくれた。ありさと隆生の結婚式もここで挙げたんだ。俺んちのと三途川組の氏神でもある。俺たちはここを大切に思っているんだよ」
寿生が茶を振舞ってくれた。
「勝ちゃんにはいつも無理を言われてね。ずいぶん泣かされたもんだよ」
そう語る神主の表情には懐かしさが溢れている。
「いいですね、こういう繋がりも…… 親父っさんは私たちが持っていない宝物をたくさん持っている。それが『三途川勝蔵』という人を大きくなさってるんでしょうね」
写真を撮るなど無粋なことはしない。まさなりさんの心には、しっかりとこの光景が焼き付いている。
後にまさなりさんはちゃんとした額に納めた絵を親父っさんに送る。そこにはあの桜と佇む人々が描かれていた。
「あの時のあの瞬間は私にとっても宝物です。どうぞその宝を受け取って下さい」
親父っさんは快くその『宝物』を受け取った。
「いい思い出をいただいた。ゆめさんもAnnaもまたあの桜を見たいと言っています。来年もまたお邪魔していいでしょうか」
「もちろんだとも! 寿生も喜ぶ! 是非いらしていただきたい」
春になると親父っさんと神社を訪ねる。それがまさなりさんにも楽しみの一つとなった。
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