自殺の名所で天体観測

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自殺の名所で天体観測

宇宙人の存在を否定してきた私に、先輩は言った。 「知ってる?宇宙人って、地球に来た人間の“心”を養分にして、人間のフリして侵略してるんだよ」 それは、眩しい茜色の空に背を預けて、亜麻色のサラサラな髪が風に靡いた時だった。 刻一刻と近づく夜の帷。 先輩の赤茶の瞳は、赤い月のような妖しい眼光が見えた気がした。 魅入ってしまうのは、彼の美しい容姿のせいもあるだろうか。 病弱の先輩は肌は白く、部活をしている他の男の子たちなんかよりずっと身体は華奢で、腰の細さは女の子みたいだった。 普段は星のことしか興味のない先輩が、何故そんなことを言ったのか、その時の私にはわからなかった。 たいして星に興味もなく、人生の全てがどうでも良くて、死んでしまいたい。 そう呟いた私を先輩がその細い手で引いて、この山の上まで引っ張って来たのだ。 目の前に広がるダムの池を背に、水面に反射する茜色の太陽の光が彼を照らす。 「鳥羽(とば)先輩、ここ、心霊スポットだし、なんなら自殺の名所ですよ。そんなところでの話なんてカオスすぎませんか?」 ボサボサの髪の毛は背中まであり、長い前髪で目は隠れてしまう。 その長い髪のせいで、高校入ってすぐにイジメの対象になるとも思ってなかった。 細くも長い先輩の指が私の前髪をかきあげて、赤茶の瞳が弧を描いて笑う。 その屈託のない、優しくも柔らかな笑顔にドキッとした。 「自殺の名所になっちゃうなんて勿体ないよね。こんなにも美しい風景なのにさ。みんな、どんな気持ちでこの景色を見て、命を断とうと思うのだろうな」 辺りを見渡すと、黄色のテープにKEEP OUTと立入禁止の黒文字が印刷されたものが、そこかしこに張り巡らされていた。 先輩はなんの躊躇いもなくそのテープを超えて、崖下に見えるダムを眺めた。 「自殺したいって気持ちだけで、景色なんかきっとその人はなんとも思ってないかもしれませんよ?」 木々の間をすり抜けて、少しひらけた場所にレジャーシートを敷くと、私はそこに腰を下ろして滲む汗をハンカチで拭った。 「そうかな?」 白い頬が夕陽色に染まる横顔を見上げながら、私はため息を溢した。 「だって、これから死のうとしてるんですから。景色なんかよりも、恨みや怒りの方が勝っていて、景色を眺めていてもきっと、恨む顔ばかり浮かんできてそれどころじゃない気がします」 私ならきっとそう思うんじゃないだろうか。 いや、そうだ。 だって、今の私が。 死にたい。 誰にも必要とされていない私なんか、居なくなればいい。 誰にも邪魔なんかしてほしくない。 静かに死にたい。 そう思っていたのに、この先輩は、死ぬ前に星空を眺めてから死ぬのも悪くはないだろう?と説得されて、ここに連れて来られた。 学校のトイレに閉じ込められて、声を押し殺して泣いていた授業中に、彼は現れた。 鳥羽先輩は、一つ上の学年で、喘息でよく入院していた。 陰気な私でも先輩のことを知っているのは、この小さな田舎町で最もカッコイイと噂されていたからだ。 大きな大学病院に、まるで人形のような顔をした儚げの少年がいると幼い頃から噂を聞いていた。 年は私たちと変わらないと聞いていたから、いつかどこかで会えるかもなーなんて、テキトーに考えていたが、まさか同じ高校の生徒だとは夢にも思わなかった。 なんて、ここの町には高校は1つしかないから、出会うに決まってるのに。 それでも、噂の中の人に逢えるなんて、本当は思ってなかったんだと思う。 それなのに、その噂の人は自殺の名所で儚げな笑顔を私に送って言った。 「まだ死にたいなら、僕がここからよ?」 病院での生活が長すぎて、性格に少し支障があるようだ。 初めて会った人に対して、自殺の補助をすると提案してくれている。 「アリガトウゴザイマス」 ジト目で先輩を見上げて、また肩で息を吐いた。 「あんま嬉しそうじゃないねー?」 「自殺するのが嬉しい人とかっているんですか?」 はあと何度目かわからないため息がつい出てしまう。 この先輩、ちょっと頭おかしいんじゃないだろうか。 「んー、そういう人間もいてもおかしくないかな?とは思うね!他の星にはそういう人はいなそうだけど」 「とか言うあたり、先輩まだ厨二病患わせてるんですか?」 こんな誰も寄り付かないような“殺人現場”につれて来るような人だ。 頭イカれてるとは思っていたけど、ただ厨二病を拗らせてるだけなんだろうか。 よいしょっと!と声を出して隣に腰を下ろした先輩は首を傾げた。亜麻色の髪から消毒液の香りが微かにした。 「厨二病って夢も語れなくなりそうな厄介な言葉だね」 「まぁ、イタイこと発言してると言われがちでもありますが、それはあくまでも叶えられる夢を言葉にするもので、非現実的なことを言ってたらそりゃあ、厨二病扱いかもしれません」 ふーんと頷き、ダムの向こうに見える山の陰に沈んで行く太陽を指差して、私を見た。 「太陽を君にあげる!とかも厨二病??」 「そ、れは、ただのタラシ発言だと思います」 「ええ?難しい!あ、でもプレゼントしようと思えば出来るか」 何を言ってるんだろう。 鳥羽先輩と出会ってから、この意味不明なやり取りをずっと繰り返している。 まるで、宇宙人と交信してる気分になるのは、意味があるようでない会話をしているせいだろう。 何故先輩は私を助けてくれ、ここまで連れてきたのかも未だに謎である。 それから、こんなイケメンと2人きりだというのに、ドラマや漫画に出てくるような甘い雰囲気になるわけでもない。 この謎の空間で、私と先輩はなんの関係があってここに居るのか、未だに理解出来ていない。 今理解できるのは、学校をサボってここに来たということだけだ。
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