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「で、宇宙人の話と、この殺人現場になんの関係があるのでしょうか?」
西へと沈む夕陽と東から迫る暗闇の狭間に私たちはいるみたい。
青黒い空の下、先輩は意味深な笑顔を浮かべた。
「ただの殺人事件じゃないの知ってる?」
これから暗くなるのに、よく考えてみたら心霊スポットでもあるそこで、ライトも何も持ってないことに気がついてしまった。
このレジャーシートだって、誰かが置いて行ったであろうゴミを拾っただけ。
誰か懐中電灯を落としたりしてないかな。
そんなことを考えていたら、先輩はニヤニヤと危ない笑みを浮かべている。
「ここがなんで心霊スポットと呼ばれているのか教えてあげるよ」
「ひぃ!!怖い話無理なんですけど!!!」
まぁまぁ!と耳を塞いでいた私の手を解き、静かに手を握り締めてくれる。
華奢に見えた手だけど、やっぱり男の子なんだな。大きい手に握られると、ホッとする。
そんな小さくもない私の手は、先輩の手の平にすっぽりと収まっていた。
「ここ、昔から流星群を観るのにうってつけのスポットなんだよ」
「流星群??」
「そう!だから、昔からこの時期になるとここに来るんだよね」
「へぇ。で、それが心霊スポットと何が関係するんですか?」
「え?気付かない?その心霊と言われてるのが僕なんだって」
「あ。あー!なるほど!
先輩、もしかしてライトも持たずにこうやってここに座ってたんですか??」
そーゆーこと!と楽しそうに笑って応える。
じゃあ幽霊が出るというのは、先輩が星を観に来ているのを誰かが目撃して幽霊と勘違いしたわけか。
噂というのは本当、くだらないんだなぁ。
だが、殺人事件が起きた場所だ。
しかもつい最近。
「ただの殺人事件じゃないっていうのはどういう意味なんですか?」
徐々に薄暗くなっていく空は、雲の合間から星々が少しずつ顔を出し始める。
「TVでは、殺人事件になってるけど、血痕があっただけで、死体はそこになかったんだって」
思わず眉間に皺が寄る。
どーゆーこと??
「死体が無いのに、なんで殺人事件って騒いでるんですか??」
そんな誤報あります??
「犯人も捕まってますよね?」
「うん、捕まってるみたいだね」
「じゃあどうして殺人事件ってことになってるんですか?」
「1人分の血液がここら辺に飛び散ってたんだって。で、殺したはずの死体はなぜかここには無くて、犯人だけ捕まったというミステリー」
そういえば、ニュースでも遺体捜索中とか言ってたよーな。
「ん?遺体が無いってことは、その人生きてて、歩いて逃げたってことじゃないんですか?」
先輩は首を横に振った。
「確実に心臓を突き刺して、殺したのだと犯人は言ってる。そのあと、血を抜いて撒いて、野生動物に片付けてもらえるよう証拠隠滅しようとしたんだってさ。だけど、動物が荒らした形跡も無くて、生きていられるほどの血は体内にはなかったと言われてる。死体はなぜかそこにない。でも犯人は捕まっているんだって、不思議じゃない?」
その笑顔が逆に怖い。
私たちはその殺人現場に呑気にレジャーシートを敷いて座っている。
「なんでこんなところに連れてきたんですか、先輩」
今更だけど鳥肌が立っている。
この地面も血の海だったと思うとより背中に悪寒が走った。
「なんでって、死にたいって言ってるから?」
「死にたいのと殺人現場に連れて来るの全くわかりません!!」
「もし僕が殺人犯ならさ、死にたいと思ってる子を殺せる方がお互いwin-winだよね?」
「需要と供給が確かに、って違う!!まず殺すこと自体おかしいんですって!別に殺されたいわけじゃないですし」
「あー、そうか。自殺願望あるのと、殺されたい願望はまた違うか。じゃあ、被害の一致はしてないね」
先輩は何が言いたいのだろう。
ポンコツなんだろうな。そうに違いない。
先輩の青白い笑顔を見て、思わず笑った。
「先輩って、変わってるって言われませんか?」
2人で膝を抱えて、山の夜空を眺めて瞳を輝かせた。
「ううん。はじめて言われた」
「えぇ?!」
こんな変なこと言うのに?!
私が逆におかしいのか?首を傾げていると、先輩は空を指差した。
「みて、ペルセウス流星群だよ」
何千何億もの星が空を覆い、宝石のようにキラキラと煌めき、いくつもの星屑が目の前を横切った。
「わぁ、流れ星!!」
慌てて両手を目の前で重ねて、ギュッと目を瞑って願い事を3回心の中で唱えた。
「何をお願いしたの?」
閉じてた瞼を開くと、先輩はニタリと口角を引いている。
「願い事を口にすると叶わないの知らないんですかー?」
「少なくとも、今の願い事は“死にたい”ってことじゃないことは分かったよ」
その声に思わずハッとさせられた。
暗いというのに、星明かりのおかげで先輩の表情はよく見える。いや、目が慣れてきてそう感じるだけかもしれない。
恥ずかしくなり、思わず肩を竦めた。
「死にたいなんて、簡単に言っちゃだめじゃん?」
そんなの解ってる。
「すみません」
ギュッと膝を抱えなおして、視線を膝小僧に落とした。
説教垂れ込まれる。そう思っていたのに、先輩はゴロンと隣に転がり、大きく息を吸ったかと思うと、空に向かって叫んだ。
「いじめてきた奴が死ねーーーー!!!」
その儚げな顔に似合わない単語にギョッとした。
向かいの山から先輩の声が戻ってきて、エコーのようにやまびこが返ってきて、思わず笑った。
「先輩、やっぱ変な人ですね」
「そうかな?」
「そうですよ」
でも、その先輩の言葉に何故か救われていた。
私は死にたくないんだと、当たり前のことを実感し始めている。
私は生きたい。
こうやって誰かに助けてもらいたかっただけなのかもしれない。
「それで、そんなまだ死にたいと思ってる?」
先輩はまるで私の心を見透かしたかのように、そう訊ねてくるものだから、「生きたいに決まってるじゃないですか」と答えると、だよねと空に視線を移して、再び叫んだ。
「生きてないと奇跡が見れないぞーーーー!!!」
奇跡??
キョトンと先輩の横顔を眺めていると、先輩はニッと白い歯を見せた。
「僕も願い事をしたよ」
先輩はそっと私の手を握り締めて、薄暗い星明かりの下で微笑む。
「宇宙人と恋する。そう決めた」
また意味不明なことを口にして、先輩は屈託のない笑顔を浮かべた。
その赤茶色の瞳が見つめる未来に、一体何が見えているのか、今の私にはわからなかった。
散ってゆく星屑たちを背に、間抜けな声が鼻を抜けていく。
「ほへっ?宇宙人???」
「そ、宇宙人!」
「いると思ってるんですか?変な格好してるかもしれませんよ?」
先輩はブフって声を堪えて笑いながらも、そうかもね?と肩を震わせた。
何がそんなにおかしいのかわからないけれど、宇宙人に会いたいならまだしも、宇宙人と恋したい!はなかなかの変態だ。
鳥羽まほろ先輩は、ちょっと頭がイカてしまっているらしい。
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