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でも、月に行ってデートしようとか、そんなロマンチックな言葉を恥ずかしがることなく言える先輩が、どこか羨ましく思える。
夏休みが始まってから今日で10日目。
明日から8月だ。
お盆の時期になると、きっと先輩は親戚の家に集まったりするだろう。
暫く逢えない時期があると思うと、憂鬱だ。
私にはお盆というものが無い。
退屈な日々を過ごすことになる。
施設では、お盆の間はまた施設員が変わる。
お盆休みで里帰りするからだ。
それも、セクハラまがいなことをするおじさんが毎年やってくる。
私にはされたことないけど、それでも見ていて気分が良いものではない。
おまけに短気ときたもので、ちょっとした些細なことでも怒るから苦手だった。
夜はスナックに行ってしまうし、朝は二日酔いでどうにもならなくなる。仕事する気ゼロ男。
今年もまた、嫌な夏になりそうだ。
「悩み事?」
彼の話中に考え込んでしまっていたことに気がついた。
耳元で囁くように言われ、驚いた。
膝を腕で抱えていたが、驚いたのと同時に後ろに手をつく。
レジャーシートの下から伝わってくる地熱は、陽の温かさを残していて、熱く感じるくらいだ。
「びっくりしたぁ」
「ちょっと驚かせたかったんだ。で、どうしたの?」
「いや、、、うん、なんでも無い」
誰かに相談したくても、施設育ちの私の気持ちを伝えることに抵抗があった。
あれ、私って、誰にこういうこと言えば良いんだろう、、、。
友達もいない。家族もいない。
適当に世話をしてくれる施設の人たちと、家族みたいになれたらと思うことがなん度もあった。
でも、その人たちにはそれぞれ本物の家族がいて、私たちはやっぱり他人でしかなかった。
愛情って、どんなものなんだろう。
神谷さんは優しいし、きっとお母さんがいたらあんな感じなのかなとも思うことがある。
でも、彼女は本気で私たちを叱ることなんかなかった。
他人だからだ。
本気で心配されて、本気で叱ってくれる大人が私たちの周りにいるのかな。
友達ですら持てない私に、そんな贅沢なことをつい思ってしまう。
ぽんと、脳天に乗せられた手に緊張した。
「君って、1人で悩むのが得意そうだね」
得意、、、?
「得意というか、そういうの普通じゃないですか?」
ムゥっと唇を膨らませた。
子供扱いされていることに少し恥ずかしくなったけれど、でも、誰かに頭を撫でられるのは、悪く無い。
「普通、、、かどうかは分からないけど。
少なからず、1人でずっと悩むのは、健全じゃないよ。身体の中に溜まる毒を吐き出さなきゃ、どんどん毒は蓄積していくんだ。
それとも、こんなヒョロヒョロな先輩じゃ頼りなくて話せない?」
よしよし、と遠慮がちに撫でてくれた細い手で撫でてくれた。
私の頭を撫でてくれたのって、神谷さんが幼い頃にしてくれた以来。
この人は、私に優しさをくれる人なんだ。
生ぬるい彼の体温が、私にとって温かくて、陽だまりのように、心がぽかぽかした。
「先輩ほんとにひょろひょろだもんね」
「えっ!?そこはそんなことないって言うところだよね?」
酷く無い?と頬を膨らませた彼の眼差しは、やっぱり柔らかくて、安心するものだった。
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