流れ星の燈

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    ちゃん!まだ起きてたの?」 個室のない施設では、一つ年上のみずきちゃんが相部屋相手だ。 バレーボール部に所属している彼女は、ベリーショートヘアが似合っていてこんがりと日焼けをしていた。 昨日、友人たちとビーチバレーをしてきたのだそうだ。 私と違って友達の多い彼女は姉御肌気質で、何かと私を心配してくれる。 「んー、持病持ちの人とどう接したら、相手が気を楽にしていけるのかなぁって」 本棚を挟んだ隣から、キャスター付きの椅子に座った彼女はコロコロと転がして、こちらの机に寄せて来た。 背もたれを抱えるように座り直した彼女は、いたずらに瞳が弧を描く。 「その人のこと好きなの?」 思わず頬が熱くなる。 意識せず、だけどそのワードが照れ臭いものだった。 「そんなわけない。一つ年上なんだよ?」 「年齢なんか関係ないよー! で、どんな人なの?かっこいい?どこを好きになったの??」 彼女もまた、恋バナが好きな乙女なのだろう。 テンプレのセリフを貼り付けてきた彼女はニヤニヤと白い歯を見せて楽しそうにしている。 彼とはそういう仲ではない。 少なくとも、は。 「内緒〜」 恥ずかしがり屋さんなんだから〜と囃し立てた彼女は再び勉強机に向かって、ノートに英単語を書き込み始めた。 お互いに勉強だけはきちんとしてきた。 分からないところがあれば、彼女が教えてくれた。 施設育ちだから頭が悪いなんて言われないようにしよう!と、彼女と頑張ってきた成果もあり、赤点は一度も取ったことがない。 でも、勉強ができようが変わらない現実は、やはり冷たいものだ。 施設育ちだと知った友人の母親から言われた言葉は無情にも私を傷付ける。 『 いつも笑顔で擦り寄って来て、まるで野良猫みたいね 』 引き取り訓練を初めて行った小学一年生の初夏。 災害時を想定した引き取り訓練は、必ず親が引き取りに来るよう指示されていた。 無論、施設育ちの私も例外なく保護者が来るよう伝えられている。 クラス毎に男女に分かれて整列していた。 あいうえお順で並んで座っていた私の目の前に仲良くなった子が座っていたので、2人で地面の上に指先を置いて絵を描いていた。 へっぽこな絵でも上手だと褒めてくれたその子と、夏祭りどうしようかと盛り上がっていたことをなんとなく覚えている。 その子は引き取り訓練のあと、ピアノのお稽古があると言っていて羨ましくて私も一緒に行きたいと言っていた。 ただ純粋に彼女のピアノをしている姿を見たかったのだ。 そんな時に先生から名前を呼ばれた彼女は、目の前まで迎えに来た母親と目が合った。 笑顔で挨拶をすると、小綺麗なお母さんはにこやかに微笑んでくれた。 ネイビーのブラウスに白のボトムスを纏った仕事が出来そうな人だった気がする。 帰ろう?と促した母親の手を拒んだ友達は、私の親が来るまでもう少し一緒にいたいと駄々を捏ねていた。 それが嬉しかったことを今でも忘れていない。 彼女の母親は仕方ないなぁと腕を組んで静かに私たちを見守っていた。 次々とクラスメイトたちの親が迎えに来るのを眺めながら、もしかしたら本当の両親が迎えに来てくれるような錯覚を覚えていた。 『“ ”ちゃんの親はいつ来るの?』 お稽古の時間を気にしての言葉だったのだろう。 私はつい『お父さんとお母さんはいない』ことを伝えてしまった。 聞き間違えたのかと友人の母親は目を瞠ったが、施設の人が迎えに来たのが見えて手を振った。 迎えに来たのが、定年間近のおばあちゃん先生だったこともあり、怪訝な顔をしたのを私は見逃さなかった。 その表情を見た時、しまった!と思ったのだ。 別に悪いことなんてしていないから、そんな風に思う必要などないのだが。 それでも、言ってはいけないことがあるのだと察知した。
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