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僕はそのまま学校に向かい、教室の前に立つとガラリと扉を開け、辺りを見回した。教師と生徒達が一斉に陰気な視線をこちらに向けた。
怪しい……犯人はこの中にいる可能性が高い。
「遊佐、遅刻してきたわりには随分と堂々とした態度だな」
教師の鋭い視線の矢が僕の胸を貫く。残念ながら心のない今、その矢は胸を通り抜け、廊下の壁に突き刺さった。
「すみません、厄介な事件が起きて……遅れました」
メガネをくいっと上げ、おもむろに自席に向かう。席に座り、教科書とノートを鞄から取り出していると、隣に座る卯月さんがクスクスと笑っていた。
「……何?」
彼女はノートにスラスラと文字を書くと、僕に手渡した。
『厄介な事件って言い訳、何それ笑々』
クラス内に僕の卓越した論理についていける者は誰もいない。友達と呼べる奴は皆無だった。そんな中、彼女は僕のふとした疑問にいつも興味を示してくれる理解者ではある。
この間は『プリン ア・ラ・モード』についての考察を語った。そもそもこれは何語なのか。ぷりんとした物体を表現しているのだろうか。そこに添えられたア・ラ・モードとは。「ぷりん、あ、ら、どーも」という日本人の洒落かもしれない。
語呂からすると、発祥はイスラム系のような気もする。正確には「プッティンアッラーモディン」と発音するのだろうか。神に捧げる崇高なデザート。しかしこれはどこに行けば食べれるものなのか。
そんな疑問を投げかけると、彼女はププと笑い、正しい答を教えてくれたりする。
「プリンはプディングの訛りで、アラモードはフランス語で『最新流行』という意味。フルーツとか色んな甘味で飾ったプリンのこと。純喫茶というカフェのメニューにたまに載ってるよ」
なるほど、造語は予測した通りだが、ア・ラ・モードはフランス語か。たしかにお洒落な雰囲気を醸し出している。しかし最新流行というのは気がかりだ。僕はそれを見たことがない。純喫茶にあるということだが、あそこは百戦錬磨の長老達の聖域。剣も持たない若者が迂闊に入ることはゆるされない。
そうだ、いい事を思いついた。彼女は僕の言葉に耳を傾けてくれる唯一信頼できる存在。
心が奪われて推理ができない今、事件の解決には助手が必要かもしれない。
彼女に頼んでみるとしようか。
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