空き巣さんは許されない

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 見知らぬ男が冷蔵庫の前でうずくまっていた。 「誰だ!?」 「へへ、今俺に近づかないほうがいいぜ、なんたって爆弾を抱えてるからよ…」 「ば、爆弾だって?」  脂汗をかいている男の剣幕に押され、思わず怯む。  が、よく考えなくても通報案件だった。  スマホ、ポチポチ。  1、1、0……と。 「まて! 早まるなッ、は、話を、話を聞いてくれ!!」   男の焦りようは尋常じゃなかった。  哀れだったのでついスマホから手を放す。  危険を感じなかったせいもある。 「なんすか?」  見下ろす。  爆弾を抱えているにしては恰好が不自然だった。頭を床につけてお腹を守るような姿勢だ。 「俺は巷で有名な空き巣だ」  男はなんか自分語りを始めた。 「長そうなので巻きでお願いします」  卒業レポートの発表があるのだ。見直しと下準備がある。  これから朝ごはんを食べて、昼までには大学に向かわなくてはならない。 「そうか……わかった。俺がこんなボロアパートを狙う羽目になった話はカットしよう」  聞いてほしかったのか少し悲しそうな空き巣さん。  を、横目に冷蔵庫を開ける。 「あれ?」  何度か開け閉めして細部までチェック。  そしてなくなっているモノが判明した。 「おいこら、ここにあった一個1000円するプリンはどこに行った?」 「そ、そこが今回の話の肝だ。聞け、お前そのプリンにはな……毒が盛られていたんだ!」 「毒?」 「そうだ。俺は昨日の夜、正確には今日の明け方、お前の部屋を物色し終わり帰るところだった。何もなくてがっかりした」  余計なお世話だ。貧乏学生を標的にすんじゃねえ。 「で?」 「その時少し小腹が空いてな……ふと冷蔵庫が目に留まったから中を拝見した。するとうまそうなプリンがあった」 「当たり前だろ、そのプリンはな近所のケーキ屋さんで一日3個限定販売のプリンだぞ!!」  奨学金とバイトでどうにか生活している身の上。  1000円のプリンなんていつもだったら買わないが、卒業レポートが完成した嬉しさと、それを祝福するように店頭に並んだプリンに心を奪われてつい買ってしまったのだ。 「卒業レポートの発表が終わったら食べようと思っていたんだぞ!!  許さん! 警察に突き出してやる!! 「わ、悪かった! だけど今ので合点がいった。お前は狙われたんだ! 卒業レポートの発表を阻止したい何者かに!」 「そんなわけ……はっ!?」  そういえば、同じテーマを題材にしてる田中が言っていた。 『俺の方がお前よりもいい卒レポが書ける!』  そういって奴が出した途中経過レポートはゼミの先生に酷評され、俺のは称賛された。   あの時、田中の表情は憎悪にたぎり、どんなことをしてでも俺を追い落としてやるという決意に満ち満ちていた。そして田中はこの間俺とここで宅飲みをした。同じテーマを共有している者として意見交換がしたいとかなんとか……。  まさか、あの田中が?  「へっ、その表情。心当たりがあるみたいだな」 「だ、だからなんだ。お前が俺のプリンを喰ったことには変わりないだろが!」  俺は110をプッシュ。あとはコールボタンを押すだけでこの空き巣は豚箱行きだ。 「くく、いいのか。見方を変えれば俺はお前の命の恩人だぜ? お前は俺のおかげで今日卒業レポートを提出できるともいえる」 「へ、屁理屈だ! 断じてお前のおかげじゃない! 俺が努力したからこそ神様が俺に味方したんだ! つまり、お前が毒入りプリンを食べたのは俺の努力のおかげだ!」 「そっちの方が屁理屈じゃねーか! いいから見逃してくれ! 俺は今回なんも取ってないんだからよぅ! 頼むよぉお!」  とうとう空き巣は泣き出した。  大の大人がギャン泣き。  流石に少しだけ可哀想に思えてきた。 「だがしかし、空き巣は犯罪」  110にコール。 「くそう! しっかりしてる学生さんだ! くそうッ、あ……」 『はいこちら110番です』 「あ、すみません。空き巣に入られて――ん? なんか臭うぞ? ……ま、まさか!?」  空き巣さんを見下ろすと、彼は全てを悟ったような顔で真っ白になっていた。  連れて行かれる空き巣さんを見送り、部屋に戻る。  まだ少し臭う。 「プリンだけじゃなく、とんでもない爆弾を置いてったなあの空き巣……許せねぇ」  とりあえず換気。  ついでだから部屋の掃除を始める。  電車の時間まであと少しだが、やりだすと止まらない。  空き巣への怒りも相まって止まらない。 「ん?」  ゴミを捨てようとゴミ袋に目を落とすと、あのプリンの空容器があった。 「楽しみにしてたのになぁ」  悲しみにくれながら拾い上げると、容器に記載されている賞味期限が目に留まった。 「……あ、これ12日前に期限切れてら」  プリンの件は許そうと思う。
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