1.青年王は美形につき、お断り

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 突き上げた両腕をゆっくりと下ろしながら吸い込んだ空気を少しずつ吐き出していく。――そして、その息がすべて吐き出された時、マーシャの運命の歯車が動き始めた。  後々になって思えば、彼女が新天地に希望を抱き、腰を落ち着かせた安堵と幸せを噛み締めることができたわずかな時間は、息を吐ききったその瞬間までだったのだ。  マーシャの耳に草地を踏み荒らす音が幾重にも乱れて聞こえてきた。それは遠くの方から、そして、次第に近付いてくる。  何事かと眉を顰めたものの、まさか昨日ここに流れ着いたばかりの自分と関係があるとは思わない。放っておけば、近付いてくる足音は自分のもとを通り過ぎ、森は静けさを取り戻すだろう。そう思い、マーシャは家の奥に籠ろうとした。ところが。 「魔女、出て来い!」  マーシャはぴたりと動作を止めた。自分に向けられたものだとしたら容易には聞き流すことのできない単語が含まれた呼声だった。  飛びつくように窓に駆け戻り、そこから身を乗り出して外の様子を見渡せば、マーシャが居を構えた大木の下で十数人の男たちが槍や剣を手にしてこちらを見上げていた。 「誰が魔女よ! 失礼なこと言わないで‼」 「一緒に来て貰おう。さもなくば、この辺りの木々を焼き払うぞ」 「ふざけないで。いったい誰の権限でそんなこと言うのよ!」 「ログレスの王。これは王命だ」  窓の下に向かって声を荒げていたマーシャは思わず息を呑んで、自分を取り囲んだ男たちを凝視する。
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