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「死ね!」
吐き捨てた声と共に地面を踏みつける。
「死ね! 死ね! 死ね!」
靴底を叩き付けるように力を込めて何度も何度も。
踏みつけて粉々になったそれが時に靴底に張り付き、時に剥がれ落ち、更に粉々に散って、少女の足元で低く舞っていた。
もはや原形など想像すらできなくなるくらいに無惨な姿になっていたが、堰の切れた怒りは濁流のように全身から胸に集まり、そして頭のてっぺんへと突き上がって抑えることができなかった。
「死ねっ!」
――それは群青色の蝶だった。
線のようなほっそりとした黒い体に、黒で縁取られた中に光沢のある群青色が眩い翅はね。初めて目にする美しい蝶だった。
翅を広げた姿は片手を開いたほどの大きさで、ひらひらと舞う姿はまるで王宮の貴婦人のようだ。憂いなど何もない様子でとても優雅だった。
彼女は純粋にその蝶を綺麗だと思ってその姿を目で追っていた。
蝶はまるで翅を休める場所を捜しているかのように、高く飛んだり、低く飛んだりしながら、右に左にと舞っている。
蝶の動きに合わせて彼女の青い瞳も上下左右に揺れ動く。彼女は呼吸すら忘れたように他の動きをすべて止めて、ただ瞳だけを動かしていた。
そして、その時。
無邪気な蝶が彼女の方へと近付き、彼女の顔のすぐ近くを横切った。
一瞬の出来事だった。
死神が大鎌を振り下ろすように彼女の右手が素早く空を切った。
くしゃりと無残な音が世界に囁くように響く。そして、しんと静まり、息を殺した世界の中で彼女はじっと時が刻み始めるのを待った。
彼女の世界は、見渡す限りの草原だ。
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